第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その10)
「じゃあなに?あのゴムはけっきょく使わなかったってこと?」
と、“極東のトゥラン”とまで呼ばれたり呼ばれなかったりしたこともあったりなかったりする“フフォン・ラ・カスティリオーヌ ”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)は言った。
彼女のかたわらには芋焼酎の大ボトルとお湯割りセットが置かれているのだが、やはりお湯で割っては芋焼酎に失礼だと想ったのだろうか彼女は、新たなグラスをお願いし飲み方もストレートに変えたところである。――ほんと、大丈夫かな?このひと?
「なんでこの沈魚落雁蛾眉羞花仙姿玉質紅口白牙なお姉さまが与えてやったものをそんな無駄にしたのよ?」
そう言いながら39度の芋焼酎をグビグビっと飲む――ほんとーに大丈夫かな?このひと?――姉を見ながら山岸真琴 (28)は『本当にこの人と血のつながりがあるのだろうか?』と、まわり始めた部屋の景色を眺めながら想った。『――というか姉さん、年取らないよなあ』
「無駄にしようと想ってしたわけじゃないよ」
「だったら使えばよかったじゃないのよ?」
「使用期限が切れてたんだから仕方ないだろ?」
「使用期限?――あなたにあげるのに買って来たヤツよ?」
「もらったからってすぐに使うとは限らないだろ?」
「だって普通4~5年はもつはずよ?」
「だから…………分からないかなあ?」
「え?…………ええっ?!」
「ちょ、ちょっと、姉さん。声が大きい」
「え?……ええ???…………ちょ、ちょっと、やだ、あなた……ほんとに?」
と、ここでこの傾国傾城明眸皓歯国色天香氷肌玉骨な姉にもやっとことの重大さが飲み込めたのだろう、こちらはこちらで一笑千金羞花閉月絶世独立解語之花な弟の手を握ると、
「だって、あなたそしたら……」
と、周囲の誰にも気付かれてはならぬとばかりに声のトーンを落としつつ――、
「例の“あきらさん”が――だったってこと?」
と訊いた。
すると、訊かれた弟は弟で、まわり始めた室内に合わせるように、自身の意識とか魂とか言ったモノをもまわし始めると、
「そうだよ……」
と、少年のような声と表情で答えた。
「って言うか……あきらしか知らないんだ」
――って言うか……さすがにそこまで答えなくていいよ、真琴くん。
*
「――私も彼も、5ドゥオン、いや6ドゥオンほども飲んでようやく酔いがまわってくるのではないでしょうか?」
ここまで言ってホメリニスは、王さまから頂いた杯をうやうやしく持ち上げると一礼し、
「どうも話が長くなり過ぎているようです。――まずはこちらを頂きたいと想いますが、よろしいですかな?」
と、王さまに訊ねました。
すると王さまはもちろんだと言い、
「ただしまだ1ラビスの酒を飲めるわけを聞いておりません」
と続けました。
「忘れず、続きをお話いただきますよう」 (注1)
*
「ほんと、ちゃんとまっすぐ帰って下さいよ?」
と、タクシーの窓越しに坪井東子 (30)は言った。
ここは先ほどの非政府系環境保護団体東京事務所から数百メートルほど行ったところの、ひとの流れも多い大きな通りである。
あの後、坪井の執り成しも空しく久保田寅彦 (34)がもう一度“クジラ”という単語を繰り返したところで向こうの団体職員×2が本気で怒りだし、坪井らふたりはしかたなくいくらかの現金を置いて、ネオンの光る外へと逃げ出したのである。
「きみはどうするんだい?」そう後部座席の久保田は訊き、
「たぶん皆さんまだ飲まれていると想うので」と逃亡劇のあれこれで乱れた髪を整えながら坪井は返した。「顔だけでも出して来ようかと想います」
「樫山くんの?」
「あ、いや、今回はカスティリオーヌ先生目当てなんですけど」
「え?!“カスティリオーヌ”?!」
「あ、ダメですよ、先生はいま出たアイディアを形にして下さい。――あの事務所に置いて来た現金分ぐらいは形にして頂かないと」
「いや、しかし……本当に本物の“カスティリオーヌ”?」
「気持ちは分かりますけど、今回はあくまで“身内の集まり”らしくて、私も無理矢理入れてもらったんですから、そこは我慢してください」
「いや、だけど……」
「どんなひとだったかは今度またお伝えしますから」
「あー、いや、あー、しかし……樫山くんもなんと言うか……顔が広いというかワケの分からない交友関係を持ってるよなあ――」
「ねえ、平々凡々としてる風なのにですよね」
「なんと言うか……ああいう人のところに前代未聞の事態ってのは集まるものなのかね?」
「さあ?どうなんですかねえ?」
「いやはや、それにつけても“カスティリオーヌ”とは――いやいや、樫山くんがうらやましいよ」
(続く)
(注1)
これは、このお話の作者に向けた忠告でもある。――ほんと、よく忘れるひとだからね。




