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第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その8)

「そのわけを聞かせていただきたい」


 との王さまのお訊ねに、ホメリニスはまず次のように答えました。


「例えば私は、いまこうして王さまからお酒をたまわったワケですが、例えばここに、裁判官吏や監察官吏も控えていたらどうでしょう?

 その場合、多分私は、いま以上にたいそう恐れかしこまり、頭をいっそう深く下げつつ酒を飲むことになるのではないでしょうか?

 すると、そのような状況で1ドゥオンでも酒を飲んでしまうとどうでしょう?

 私はたちまちのうちに酔っ払ってしまうことにはならないでしょうか?」


 すると、この言葉に王さまは、かたわらにはべる美女にレイシの実をもいで食べさせながら、「なるほど、確かに」と応えました。


 すると今度は、そんな王さまのようすを伏した目で感じ取りながらホメリニスは続けます。


「また例えば、私の舅が催したうたげに私が招かれたとしましょう。

 そこにはもちろん多くの客人がいるので、私は正装・正髪し体を曲げつつ膝をつき、時おり杯を差されれば、目上の方々の長寿と繁栄を言祝ぎつつ飲むことになります。

 するとこの場合、このうたげの席で私が飲めるのはせいぜい2ドゥオンほどではないでしょうか?」


「うむ。それも確かにそうであろうな」


 と、美女に下がるように言いながら王さま。


「またさらに例えば、ある日ある時偶然に旧い友人と道ばたで再会したとしましょう。

 すると私たちは「立ち話もなんだから……」と、どこか近くの酒場へと入り、昔ばなしに花を咲かせながら、いつもは口にしもしないような心のなかの悩みやら秘密やらを打ち明け合ったりするかも知れません。

 そんな時の私や彼は、5ドゥオン、いや6ドゥオンほども飲んでようやく酔いがまわってくるのではないでしょうか?」


     *


「ですからたしかに小説家の先生ではありますけれども、ほんとうにアポなし取材で来たとかではなく、ほんとうに、善意で、そちらの活動にご協力しようとして来ただけらしいんですよ」


 と、右手にペン、左手にスマートフォンを持った格好で坪井東子 (30)は言った。


 ここは宴席真っ最中の鷹子らご一行から北北西に2kmほど進路を取ったところに場所を置くさる非政府系環境保護団体の東京事務所である。


 であるからして、そんな坪井の前にはヤの付くご職業も真っ青な強面で筋骨たくましい男女のペアが腕組みをして立っており、彼女の後ろにはそんな彼や彼女とは対称的な細面で色白な“いかにも小説家”然とした男性が、そこの事務所ソファに――腰を抜かして座り込んでいる。


「そうは言うけどね、お嬢さん」


 と、先ずは腕組みをした男が、そのやたらとドスの効いた声で言い、


「とつぜん事務所に入って来てワケの分からねえこと言い出したのは、そっちの先生なんだぜ?」


 と、腕組みをした女が、さらにドスの効いた声で続けた。


「ですからそれもきっと何かのかん違いなんですよ」


 と、坪井。


 今夜の彼女はいつもの地味なスーツではなく年相応の――と言ってももう30だけど――かわいらしいロングのシャツワンピースにロングのカーディガンという組み合わせであるのだが、そんな (樫山先生がよろこびそうな)彼女の出で立ちが、余計に彼女をこの殺伐とした団体事務所の雰囲気から離れた存在に見せている。


「ですよね?クボタ先生?」


 そう言って坪井は振り返ると、ソファに座る久保田寅彦 (34)に自分の口でもなにか応えるよう促がした。


     *


 そうなのである。


 もとはと言えば、この天然憑依系SF小説家が――多分、締切三日前に突然アイディアがプツンと枯渇してしまったのが原因なのだろうが――なにをとち狂ったのか散歩という現実逃避の果てにたまたま見かけたこちらの非政府系環境保護団体東京事務所の扉を晴れやかな笑顔とともに開き、高額の寄付を申し出たのがことの発端――アフター5の担当編集者をこんな修羅場に呼び寄せることになった原因なのである。


 ――ほんと、小説家ってのはどーしようもない奴らばかりですね。


     *


「しかし、せっかく来てもらっておいてアレなんだけどね、坪井くん」


 と、ソファで腰を抜かしたままで久保田は言った。


「それでもやはり、何故この人たちがこんなに怒るのかが分からないんだよ、僕には」


「分からないですって?」と、ドスの効いた女。「冗談にもほどがあるわ」


「だって僕は、ただ寄付をしたいと言っただけじゃないか?」と、久保田は続け、


「それが冗談みたいだって言ってるんだよ」と、今度はドスの効いた男が応えた。「――クジラのための寄付なんか、もう意味がないだろ?」


     *


「ああ、それで席がひとつ空いてたのね」


 と、ここで場面は切り替わり、こちらはさらに相手を変えた“現代のエウプロシュネー”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)である。


 彼女のかたわらには飲み干された大サイズのコップ (白ワインが入ってたやつね)が三つほど並べられているのだが、流石に度数が低すぎると感じたのだろうか彼女は、改めて芋焼酎のお湯割り (体も冷えて来たしね)を注文したところであったりする。


「なんで詢子ちゃんと先生の間が空いてるのか気にはなってたのよ」と、続けて鷹子。「じゃあ、その編集の子もあとから来るのかしら?」


 そんな彼女を見ながら『この人ほんとにアラフォーかしら?』と、自身のウェストと鷹子のそれを比較しつつ佐倉伊純 (29)は想った。『――お肌も異様にツヤツヤだし』


「あー、その辺のやり取りはお兄さ――樫山先生がやられていて――」


「でも困ったわね。編集の子ってことは新しく書いてって話が出るかも知れないけど、契約関係は全部マネージャー通さないといけないことになってるのよね」


「あ、そうなんですか?」


「私的には自分の想ったことを――自身の体験を踏まえつつね (注1)――書いてるだけだから書かせてくれるならどこにでもいくらでも書くんだけどさあ (注2)、権利関係がなんだかんだ面倒らしくてね、うるさいこと言って来るところも多いらしいのよ (注3)」


「あ、でも、今回坪井さんが来たがってたのは、そういうんじゃないっぽいですよ」


「そうなの?」


「坪井さんとこSFとか冒険物とかそっち系ばかりだそうなんで――よく知りませんけど (注4)。だから今日は単純に先生のファンでお会いしたかっただけっぽいですよ」


「あら、そう言ってもらえるとうれしいわね」


     *


 あ、そだ、ちなみに。


 前回鷹子から“うちの真琴と付き合ってみたりしない?”と言われた森永久美子 (24)は、『これ以上話がめんどくさくなる前に逃げよう』と判断。いまは樫山&漱吾に混じって (まったく興味のない)今期パ・リーグの行く末 (注5)について語り合っているところだったりする。


     *


「じゃ、話を本題に戻すわね?」と、伊純の太ももにそっと触れながら鷹子が言うと、


「続き?」と、慣れた感じでその手を避けながら伊純が訊き返した。


「ほら、グリコちゃんに途中で逃げられちゃったってやつよ」


「ああ、“愛について”」


「そうそう。――あっ……と、その前に」


 と、ここで鷹子は突然、なにかを想い出したかひらめいたかした様子で、かたわらに置いておいたバッグ (注6)からスマートフォンを取り出すと、


「ちょっと一本メールしても良い?」


 と伊純に訊いた。


 すると伊純も、


「あ、はい。全然」


 とすぐに応え、手持ちの水をひと口飲んだ。


 ――なるほど。流石の伊純姐さんもこの“お姉さま”の熱気にはやられ加減のようである。


「はい。お待たせ」と、スマートフォンをバッグに戻しながら鷹子。


「あら?早かったですね」


「友だちに一本入れただけだからね。えーっと――じゃあ、“愛は、その愛が向けられている何者かを求める”の続きからね」


「お手柔らかにお願いします」


「あら、私は手以外も色々と柔かいわよ?触ってみる?」――おっぱいとか (*検閲ガ入リマシタ)とか。


「いえ、結構です」――ほんと、なかなかエキセントリックな方ですね。


「まったく、グリコちゃん同様お固いわね。――えーっと。じゃあ本題」


「はい」


「それでは。

 “愛”は、その求めるものをその手に“つかんでいる時”と“つかんでいない時”とでは、どちらをより求めるか?」


「それは多分、“つかんでいない時”でしょうね」


「“多分”?」


「あー、“確実”に?」


「うん。そうね。本物の金持ちは金持ちになりたいだなんて想いもしないだろうし、いままさに巨乳の子は巨乳になりたいだなんて夢にも想わない」


「ですね。そうしないと話のつじつまが合いませんね」


「ね?もちろん“ずっと未来まで金持ちでいたい巨乳でいたい”とは想うかも知れないけど、それは失くした後の自分を想像してからの話だものね」


 と、ここまで言って鷹子は、伊純の表情が一瞬だけ硬くなったことに気付くと、


「あ、なんかごめんなさいね」


 と、自分でも分からぬまま彼女に謝り、彼女の手を握った。


 すると今度は伊純も、避けずに鷹子の手を握ると、


「いいえ、全然」


 と言って応えた。



(続く)


(注1)

 例の飛行機での話とかね。


(注2)

 おかげで編集段階での検閲が多いけどね。


(注3)

 うるさいのは権利関係だけではないことを (注1)および (注2)からご賢察下さい。


(注4)

 第五話“その2”を確認のこと。

 他のメンバー同様もちろん伊純も、樫山の作品は読んでおらず、これまでにもらったサイン本はすべて本棚の片すみでホコリを被っていたりする (涙)。


(注5)

 皆さまご記憶のとおり、2019年のパ・リーグ優勝チームは埼玉西武ライオンズだったが、クライマックスシリーズはホークスが4戦4勝で勝利。

 その後の日本シリーズもジャイアンツ相手にホークスが4戦4勝で勝利していて…………まあ強かったんだけどさあ、福岡を離れてからのホークスにはなかなか愛着を持てない筆者的にはちょっと複雑な心境でもあったりした。


(注6)

 今回旅に出るに当たってパリのサンローランで旦那さん (ルイスさんね)に買ってもらったものらしくて、5千ユーロ (2019年当時の為替だと大体60万円)ほどしたそうです。

 旅から戻ったらどうせ使わなくなるだろうに、バッカじゃないかとは想う。


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