第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その7)
「だからそこをみんながかん違いしているのよ」
と、“悩める乙女の救世主”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)は言った。
彼女のかたわらには未だ白乾児酒の中瓶が置かれていたのだが、流石にペースが速過ぎると自分でも感じたのだろうか、右手のグラスにはチェイサー用にと用意してもらった紹興酒 (注1)が注がれていた。
「えーっと、あなた、詢子さん?だっけ」と、鷹子は続け、
「ええ、はい。そうです」と、ふたたびペンとメモ帳を構えながら樫山詢子 (27)は応えた。
「ふーん」と、詢子のほうに顔を近付ける鷹子。
「な、なんでしょうか?」と、鷹子からただよってくる酒気と香気をかわしながらの詢子。
「あなたよく見ると、カワイイ顔してるわね」
「あ、ありがとうございます」
「“お兄さん”にも鼻のあたりがよく似てるわ。――やっぱり兄妹なのね」
「あー、ふたりとも母親の血が強く出ちゃったみたいで」
「あら?いやなの?似てるの?」
「あんまりいい気分ではないですね。――あの兄なんで」
「うちはなんか両親がいろんな場所とか方法とかを試したせいかは知らないんだけどさ、これがまた4人が4人見事に似てないのよ」
「――場所?」
「駅とか公園とかディズ○ーランドとか」
「――ディ○ニーランド?」
「あら?試したことない?だってあそこで待たずに乗れるものっていったらさ (*検閲ガ入リマシタ)の (*検閲ガ入リマシタ)ってなった (*検閲ガ入リマシタ)ぐらいじゃない?」
――うーん?検閲が間に合いそうにないなあ。
「あ、そう言えばさ、真琴が女の格好するじゃない?――知ってるわよね?」
「ええ。最初会ったときはウェディングドレスでしたし」
「あれねー、私も見たけど、あれなんか特にそっくりなのよ。――若いころの母さんに」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、だから、あの子の顔見るとさ――」
と、ここで鷹子は突然、持っていたグラス (空になってます)をテーブルのうえに置くと、フッとうしろを振り返り、樫山たちと談笑している弟の横顔を見た。
『私たちのなかでアイツが一番、母さんに似たのかもね――』
そうして鷹子は、ふたたび詢子のほうへと向きなおると、
「つい、母さんのことを想い出しちゃうのよね――」
と、遠くのほうを見詰めながら言った。
「母さん……
もう……
もどってこないのにね……」
鷹子のこの言葉と表情に詢子は、手にしていたメモ帳を閉じると、
「鷹子さん……」
と、彼女の手にそっと手を重ねた。
すると、鷹子も鷹子で、
「他人行儀ね、“お姉さん”って呼んで」
と、詢子の手を握りながら答えたのだが――。
それはさておき、困ったことに。
「いやいやいやいや、
いやいやいやいやいや」
と、樫山たちとの会話を中断した山岸真琴 (28)がふたりの間に割って入って来た。
「母さん、まだ生きてるよね?」
「チッ」と声と表情を元に戻しながら鷹子。「――聞こえてたか」
「なんなら今朝も父さんとのツーショットをインスタにあげてたよね?」
「あら?そうだったかしら?」
「あのさ、なにかあったら母さんを亡き者にしようとするのいい加減やめてよ」
「いいじゃない。同情買ってお近付きになろうとしただけよ」
「だからって、なんですぐバレるウソを付くのさ?」
「うるさいわねえ、あなたのためでもあるんだからね」
「はあ?」
「あんたの次の相手さがしてあげてんだからさ、少しは協力しなさい」
――うーん?やっぱ一筋縄ではいかないな、このひと。
*
「だからね、グリコちゃん。愛って言うのは“何者かへ向ける愛”なのか?“何者にも向かわない愛なのか?”って話なのよ?」
と、相手を変えた“愛のカリスマ!美の女神!!”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)は言う。
彼女のかたわらには未だ紹興酒の大瓶がドンッと鎮座ましましていたのだが、流石にチェイサーに紹興酒は場の空気にそぐわないと自分でも感じたのだろうか、彼女の左手には“度数控えめ女性に優しい”感じの甘口白ワイン (注2)が大きめのコップ (注3)に入って供されている。
「そこんところ、あなたどう想う?」と、鷹子は続け、
「えっと……」と、森永久美子 (24)は必死で答えを見付けようとした。
がしかし、彼女の目のまえのテーブルには鷹子の胸がドンッと置かれているし、そこに先ほど聞いた彼女の体験談なり趣味嗜好なりがフラッシュバックしたりしなかったりでなかなか考えがまとまらない。
*
ちなみに。
“由緒正しき下戸の一族”であるところの詢子は、鷹子の放つフェロモンとアルコール臭にやられて現在、店の外で頭を冷やしている真っ最中であったりします。
――閑話休題。
*
「どう?」と、グリコの太ももに手を当てながら鷹子は訊き、
「あー、」と、その足を引っこめながらグリコは応えた。「それはやっぱり“何者かへ向ける愛”じゃないんですか?」
「あら、正解。かしこいのね」――手を握るくらいなら良い?
「いえいえ、そんなことは」――いえいえ、丁重にお断り致します。
「うーん?なら、次の質問ね」と、相手の意志は無視しつつ手を握る鷹子。「“愛”は、その愛が向けられている“何者か”を求めるかどうか?」
「――へ?」
「言葉の意味をよく考えてね」
「あー、うーん?それは――」
と、握られた手から伝わって来る鷹子の体温にドキドキしながらのグリコだが、それでも――、
「やっぱり“何者かを求める”んじゃないですか?」
と、しっかりとした口調で応えた。
――うん。なんだかんだでこの子はまだまだ冷静っぽいね。
「そうね、もちろんそうよね」と、鷹子。
「そうしないと辻褄が合いませんもんね。――“向かっている”んですから」
「あら、あなたほんと賢いわね、お姉さん好きよ、そういう子」
「あ、ありがとうございます」――なんだろう?女としてぜったい勝てない気がする。
「どう?グリコちゃん?うちの真琴と付き合ってみたりしない?」
――突然なに言い出すんですか、鷹子さん。
「――は?」
――ほら、森永くんも困ってる。
「だってあの子ももう28才でしょ?それなのに恋人に逃げられたりしてさあ、わたしたち姉妹のなかでもちょっと問題になってるのよね」
「――はあ」
――姉妹のなかで鷹子さんのことは問題になっていないんですか?
「もちろん。こんな私が言うのも微妙だけどさ、唯一の男の子だし。いい子みつけてあげたいって想うわけよ、姉心としては」
「はあ」
「で?どう?あの子見た目は悪くないし、私たち姉妹に鍛えられてるから女の子の扱いにも慣れてるわよ?」
――“鍛えられてる”ってサラッと言えちゃうのが怖いよね。
「あ、いや、でも――」――それは色々問題が……。
「あら?そういえばあの子どこ行ったの?」
――あー、真琴くんなら、
「お酒 (と貴女)にやられた先輩がフラフラしてたんで、様子見に行きましたよ」
(続く)
(注1)
お酒を飲まないひとのための補足。
『紹興酒』とは中国浙江省紹興市にある鑑湖の湧水を使って醸造、3年以上寝かせた黄酒 (醸造酒)のことであり『鑑湖名酒』とも呼ばれる――要は度数14~18度のお酒のことである。
で。
ふつう世間一般に“チェイサー”と言えば水などアルコールの入っていない飲料のことを言うのだが、世の酒飲みの中には度数の高いお酒のチェイサーに度数の低いお酒を使う大バカ野郎が一定数存在していて、この鷹子先生もいわゆるその大バカ野郎のうちのひとりなワケである。
ちなみに。
もちろん中国にも醸造酒 (黄酒)とは違う方法で造られるお酒――蒸留酒は存在していて、こちらは白酒・辣酒・乾酒・白乾児などと呼ばれている。
で。
いま鷹子さんのかたわらに置かれている白乾児酒は中国四川省のとある酒蔵から取り寄せた特級品で、その度数はなんと68度もあ――このひと大丈夫かな?
(注2)
とは言っても鷹子さんなんで、いま飲んでるのは度数8%のもの。 (ちなみに一般的なビールの度数が5%前後ね)
(注3)
立ち飲み屋とかで見掛けるあの厚くておっきなタイプのコップね。
そうそう。アル中のおっさんがずっと握っているような感じのアレ。




