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第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その3)

 ある夜、王さまのうたげに呼ばれたホメリニスは、次のような謎を王さまにかけました。


「この大陸の東の果てに“サイ”といういままで誰も行ったことのないたいそう大きな国があり、その国には一羽のいままで誰も見たことがないようなたいそう大きな鳥があるそうです。

 その大鳥がある時、その国の王宮の前の庭に飛んで来てそこにとどまったのだそうですが、それから三年、この鳥は飛ぶことはおろかひと声鳴くこともなく、ただただ庭に居つづけているだそうです。

 王さまには、この鳥がどのような鳥か、また何と言う名の鳥かお分かりになられますでしょうか?」


 すると王さまは、持っていた黄金のさかづきを近侍の宦官に放ってわたすと、


「その鳥の名前までは知らん」と、答えました。


「が、多分にその鳥は、飛ばなければただただデカいだけの鳥であろうが、ひとたび飛べば天まで飛び上がり、また鳴かなければこれもまたただただただの大飯ぐらいであろうが、ひとたび鳴けば地を揺るがそう」


 この王さまの言葉にホメリニスは満足そうに微笑むと、


「さすがは王さま」


 とだけ言って王宮を出て行ったのでした。

 その後王さまは、各地の長官73名を王宮に呼び寄せると、そのうちひとりをほめたたえペクニア金貨50枚を与え、そのうちひとりをきつく叱り罰した後、兵たちをふるい立たせると周囲の国々――王さまの国の土地をかすめとったり王さまの国を侵略しようとしていた国々に向け軍を出し、その強さを内外に示したのでした。


     *


「まさか本当に椎野先生にお会い出来るなんて想ってもみませんでした」


 と、佐々木百合子 (27)は言った。


 今日の彼女の目はいつものあのキッツイ眼差しからは想像も出来ないほど乙女チックにキラキラしているのだが、そんな百合子の言葉を受けた樫山泰仁 (31)は、その貧相な顔を少しでもイケメンチックに見えるよう工夫しつつ――、


「いいえ、こちらこそこんな熱心なファンの方にお会い出来て光栄ですよ」


 と、答えた。


 ここはいつもの喫茶店。いつもの『シグナレス』の窓際テーブル席である。――が、なんだか珍しい組み合わせですね。


「あきらから椎野先生がマコトくん――山岸さんの先輩だってのは聞いていたんですが、彼なかなか紹介してくれなくて」


「あれ?そうなんですか?」


「そうなんですよ。何度か頼んだりしたんですけれど、ぜんぜんリアクションがなくて」


「それは知らなかったなあ――彼、そんなことひと言も」


「まあ……その、私とは、なんと言いますか、あの――」


「あー、はい。まあ、その辺のご事情は色々と聞いておりますので、そこは、はい」


「すみません。先生にまでお気を遣わせてしまって――」


「いえいえ、ぜんぜん気にしてません――あー、それで漱吾――三尾くんから?」


「ええ、三尾さんに相談したらすぐに動いてくれまして」


     *


 という感じで。


 このまま淡々とふたりの会話を進めて行ってもよいのだが、それでは読者の方々にはまったく全然意味不明でもあろうから、以下適宜若干の補足を入れつつお話をすすめていこうかと想う。


 ということで。


 えーっと……そうそう先ずは『椎野先生』についてであるが、これは一時期というか一瞬だけ泰仁が使っていた筆名のひとつ『椎野仁美』のことを示している。


     *


「ですから私、ずーっと、椎野先生のことを女性のかただとばかり想っていたんです」


 と、百合子。――うん。マコトくんが相手じゃないと普通にキレイなお姉さんに見えますね (怖さは半分ぐらい?)。


「あー、アレは当時の編集長が“この文体で男の名前だと売れんぞ!樫山!!”って言い出してですね、急遽別のペンネームを考えたんですよ」


 と、樫山。――うん。鼻のしたが伸びてるけど、このひとレズでパートナーもしっかりいるからね (あと怒ると怖いよ?)。


「そう!文体!わたし椎野先生――樫山先生の文体が――」


「あ、いいですよ“椎野”で。呼びなれたほうで」


「あ、いいですか?すみません」


「そのほうが話やすいでしょ?」


「じゃあ……やっぱり“椎野先生”で」


「どうぞどうぞ」


「ありがとうございます。――あ、で、それで私、“椎野先生”の文体もとっても好きで、特にトキコとアリシアが初めて手をつなぐシーンあるじゃないですか?私あそこを読むたびに泣けて泣けて――」


「あー、あそこのシーンなんですよ、編集長が“樫山!女の名前でいくぞ!!”って言い出したのって (注1)」


「いやでも、あの文章を男のひとが書けるとは想いませんもの――とっても、この、女性的で、愛情にあふれていて、トキコとアリシアの……その…………」


「恋愛感情だけじゃないんですよね?」


「そう!恋愛感情だけじゃないんですよ!もっと大きな友情とか絆とか信頼関係とか、それこそもっと大きな愛情とか、そういうすべての感情がふたりの手をつながせているんですよ」


「あー、そこまで分かって言っていただけると、ほんとありがたいです」


「あ、それに私、あのシーンも大好きなんです。――ほら、八百長試合を断わって捕らわれの身になったアリシアをトキコが単身たすけに行くじゃないですか」


「はいはい。中巻の最後ですね」


「そこで初めてトキコがアリシアのことを“妻”って呼ぶんですよね」


「“わたしの妻にそれ以上さわってごらんなさい――”」


「“あなたの首が落ちることになりますよ――”」


 キャーー!!


     *


 ……って楽しそうだなあ、おい。


 で……えーっと、そうそう。このふたりがいったい何の話をしているのかの補足も必要ですね。


 これは樫山が前述の『椎野仁美』名義で出した小説『英國騎手物語:蒼穹のアリシア』 (注2)についてのお話をしているワケでして、この小説の概要はというと……、


     *


 時に西暦1889年。


 下層階級の出身ながらそのレースの腕を認められ貴族にまで上り詰めることになる天才騎手アリシア・ホーマンは雨のトラファルガー広場で運命の出会いを果たす。


 それは謎の殺人者に家族をうばわれ復讐のためひとりイギリスへと渡って来た少女キタ・トキコであった。


 この物語は、ヴィクトリア朝末期のロンドンを舞台に男装の麗人アリシアと彼女を支え続けた黒き瞳の異邦人トキコの、愛と友情と波乱に満ちた人生の物語なのである!!


     *


 みたいな感じなんですけど…………あらすじ書き写しただけでも色々とアラの見える設定ですね。

    *


「いいんですよ!設定のアラとか間違いとかは!問題はふたりの愛がどのように結ばれ成長していくかなんですから――」


 と、乙女モード全開で百合子。


 ――でも人気出なかったんですよね?


「いちおう完結までは行ったけどね」


 と、こちらは少し自嘲気味に樫山。


「たしかに人気は出なかったなあ――」


 ――百合要素もしっかりあって男子受けもしそうですけどね?


「なに言ってんですか、椎野先生がそんなあからさまな百合描写するわけないでしょ?」


 ――そうなの?


「当時の担当にも色々言われたんだけど書けないんだよなあ、ああいうあからさまなの」


「キスもしなければハグのシーンすらないですもんね」


「そんなシーン書いたら当人たちになに言われるか分かりませんからね」


 ――当人たち? (注3)


「あ、そこはそっとしといて」


「でもでも、だからこそ、さっきの手をつなぐシーンとか落馬したアリシアをトキコが担ぎ上げるシーンとかに胸があつくなるわけですよ」


 ――ほんと好きなんですね?


「なんかこう、自分を重ね合わせたりなんかしちゃって――」


 と、鞄から三冊の単行本を取り出しながら百合子。


 ――なんかほぼすべてのページに付箋がついてますね。


「あの……それで、ほんと、不躾なお願いなんですけれども――」


「ああ、サインですよね。漱吾から聞いてます」


 と、胸ポケットからわざわざ準備したお高めのペンを取り出しながら樫山。


 ――書く気まんまんじゃん。


「僕の汚い字でよろしければ」


「汚いだなんてそんな…………三冊ともお願い出来ますか?」


「もちろん」


 そう言うと樫山は、百合子の、きっと何度も読み返してくれたのだろう、クタクタになった本のかたすみに“椎野仁美”のサインを書き加えた。



(続く)


(注1)

 この書き方だとなんだかガラッパチな感じのする編集長ですが、普通に小柄な女性の方でした。


(注2)

 上・中・下の三巻のみ。続編もスピンオフもなし。絶賛絶版中。kindol検討中。


(注3)

 正確にはモデルになった二人の女性のことだが、詳しくは拙作『夢物語の痕跡と、おとぎ話の物語』の“ワームホールラリー編”を確認のこと。――うん。そんなの書いたらトキコさんに蹴り入れられるよね。


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