第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その1)
むかしむかし、あるところにひとりの王さまがおりました。
王さまははやくにお妃さまを亡くし、そのさみしさもあってかお芝居ばかりを観て、毎夜毎晩うたげを催してはお酒と女のひとにばかり夢中になっておりました。
そのため王さまは、ご自身の国の民のことをかえりみることはなく、また政治のお仕事もその大臣や部下たちにまかせっきりになっていたのでした。
そうして王さまの国の政治はみだれ、まわりの国々も王さまの国に攻め入ろうとしていたので、王さまの国はいつ亡びてもおかしくない状態にあったのでした。
が、しかしそれでも、王さまの近くにはべる大臣・部下のひとりとして進んで王さまに忠告をしてあげる者はいなかったのだそうです。
*
ある日の日曜日。
三尾漱吾 (31)は、いつものとおり、お腹の鳴る音で目をさました。
枕もとのスマートフォンを見るとまだ朝の7時――になる一分前で、もう少し寝ていても良かったのだが彼は、長年の相棒であるところの胃袋にうながされるままにベッドから脱け出すと、胃袋にうながされるままに戸棚と冷蔵庫の中身を確認し、胃袋とともに朝食になりそうな物がなにも残っていないことを理解したところで、胃袋にうながされるままに顔を洗い、胃袋にうながされるままに軽く髪を整え、胃袋にうながされるままにサイフの入ったショルダーバッグを肩に担ぐと、胃袋にうながされるままに、そのまま部屋から飛び出して行った。
マンションの前に立つと漱吾は、大通りにあるコンビニに向かおうと左方向に足をすすめたのだが、二三歩歩いたところで相棒の胃袋が突然の異議申し立てを始めてしまったので、両者の冷静かつ紳士的な協議の結果、くるっと反転、右方向へと舵を切ることになった。
そちらの道を行けば、すこし歩くしちょっとした坂もあったりするのだが、彼らのとっておきであるところの小さなパン屋があるのであった。
『トーストとコーヒーでどうだ?』と漱吾は想い、
『チーズトーストのほうが良い』と胃袋は応えた。『ちょっと焦げた部分のあるヤツ』
この相棒からの提案に『それなら飲み物はカフェオレのほうが良いかな?』と漱吾が考えているうちに信号の色が青から赤へと変わった。
『ボーっとしているからだよ』と相棒は言ったが、
『いいじゃねえか、どうせ日曜だ』と道行く女の子たちを見るともなしに眺めながら漱吾は返した。
いよいよ季節も八月となり、女の子たちの装いもすっかり夏仕様になっているようだ。
『オレは右側の子かな』と、胃袋が言い、
『俺は左側の子かな』と、漱吾は想った。
すると、そんな信号の向こう側から、“彼ら”に声をかけてくる人物がいた。
その人物は、黒色のコッカ―を連れた男性で、つい最近この近所に引っ越して来たばかりのスチュワート・ヘブンズ氏であった。
ヘブンズ氏は切り替わったばかりの青信号を急いで渡り終えると、“彼ら”に流暢な日本語でひと通りの時候のあいさつを済ませてから、どうしても誰かに伝えたかったのであろう、
「それがでスね、ソウゴさん」と、喜びを隠せぬ様子で言った。「ワタシ、もうスグ、父親になるのです」
と、ここでふたたび信号が赤に変わろうとしたので“彼ら”は、道の向こう側に走り出そうとして、それでもやはり足を止めるとふり返り、
「それじゃあまるで――」と、ヘブンズ氏の苗字をもじりながら言った。「天国にでも昇るような気分でしょうね?」
するとヘブンズ氏は、散歩の続きをせがむ愛犬に引っ張られながらも、
「天国ナンか――」と、うれしいような困ったようなそんな声で応えた。「天国ナンか突き抜けてシマイマス」
*
〔証言その1:『シグナレス』の赤毛のウェイトレス (15)〕
「漱吾さんの印象?……って突然訊かれても――どんなこと言えば良いんですか?
え?あー、はいはい。…………あー、なるほど。
えーっと、それってつまり……なんでもいいから想ったことしゃべれってことですか?
合ってます?それで良い?――ああ、はいはい。
それじゃあ…………あ、そだ、その前に。右に書いてる私の年齢ですけど、こんどの火曜で変わりますよ?分かってます?
ええ、そうそう。6日生まれなんで――ってやっぱり?忘れてちゃダメじゃないですか。
次登場する時にはちゃんと16才って書いておいて貰えます?――ほんとに?大丈夫ですか?お願いしますよ?
じゃあまあ、それは信用するとして――。
で、なんでしたっけ?――そうそう。漱吾さんの印象でしたよね…………ってただのウェイトレスとお客さんなんでそんな印象ってほどのものは……まあよく注文してくれるんでお店としては助かってるぐらいですかね?
あー、そう言えば美里さん――オーナーですけど――は顔がどストライクらしいですね。
そうなんですよ。ほら、あの実写版のジョジョに出てた、承太郎さん役やってた……そうそう、そのひと。
漱吾さんってほら、もうちょい頑張ればあの人みたいになれそうじゃないですか。――まあオーナーは“だが、そこが良い”みたいなこと言ってますけど。
え?あー、なんかそうらしいですね。グリコさん――森永さんから聞きましたけど、まあ話しやすい感じはしますし、私とかにも気さくに声掛けてくれますし、女の子は付き合いやすいんじゃないですかね?分りませんけど。
え?でもそれって皆さんが大袈裟に言ってるだけですよね?
イケメンはイケメンなんでしょうけど無茶苦茶イケメンってほどじゃないし、私の好きな福士蒼汰さんとかに比べればぜんぜん普通――ってなんですか?このスマホ?……写真を見てくれ?
え?このひと漱吾さんの元カノなんですか?――ええ、スゴイ美人じゃないですか?ってか、足なが?!なんですか?宇宙人とかですか?
え?スライドしろ?――あー、こちらはこちらで知的な感じの……って、ひょっとしてこちらも漱吾さんの?
へー、さっきの人とはまた好対照な……っていうかこの人はこの人でオッパイおっきいですね。
え?まだあるんですか?――あー、こんどはちょっと地味目な……え?次の画像とセットで見て欲しい?……え?うわ、ウソ?これあのアニメの?コスプレ?へー、え?じゃあこのふたり同一人物なんですか?
はあー……って、ちょっと待って下さい。ってことはこのコスプレのひとも漱吾さんの……元カノ。なるほど。
で?え?まだあるんですか?……うわー、あー、へー、ほーなるほ……こちらは外国の方?……オランダから?はあ……。
あー、まー、そりゃあ漱吾さんも大人の男性ですから元カノのひとりやふた……え?この人って結構なお年なんじゃあ…………マジですか?!
あれ?このひとってさっきもいませんでした?……こっちは双子の姉のほう?
はあー、へー、ふーん、なるほどーー……………………男の人って不潔」
(続く)




