第五話:ネコとクジラとユリノキ台のひょこひょこおじさん(その10)
「ギリシャ料理?」と、森永久美子 (24)は訊き返すと、「――ギリシャ料理?」と、大事なことなのでもう一度訊き返した。
すると、
「そうよ、ギリシャ料理」と、手元のタブレットでナンヤカンヤとやりながら樫山詢子 (27)は応えた。「せっかくグリコが来たんだし、腕によりをかけて普段食べられないものを作るのも良いかなって」
「……普通にごはん炊いてお味噌汁でも作りませんか?」
「いやよ、そんなのつまんないじゃない。――なに?ギリシャ料理きらいなの?」
「きらいと言うか知らないと言うか……先輩は食べたことあるんですか?」
「うん、前に一度ね。美味しかったわよ――あ、そしたらさあ」
と、引き続きタブレットをアレヤコレヤしながら詢子は言うが……それはクッ○パッドですか?
「先ずムサカとザジギは外せないでしょ?それにギロピタも欲しいわよね。ああ、タラモサラタも美味しかったし、ゲミスタも良いわね。で、最後はデザートにギリシャヨーグルト……うーん、バクラバも捨てがたいかなあ…………グリコはどう想う?」
「……ギリシャヨーグルトはおいしいと想いますけど」
「じゃ、両方作っちゃいましょ」
「……伊純さん戻って来るんですよね?」
「うん。連絡ないけど――あ、伊純の分も作っておいてあげなくちゃね」
――伊純さん待った方がよくないですか?
「……伊純さん、待った方がよくないですか?」
*
「食べていくか?って聞かれたから残ったけどよ――」と三尾漱吾 (31)は言うと、「まさかまったくのノー・アイディアだったとはな」と、手元のスマートフォンをテトテトテトと操り始めた。
すると、
「みんなの意見を聞いてからにしようと想ってたんだよ」と、冷蔵庫の野菜室を確認しながら樫山泰仁 (31)。「えーっと、オクラが数本」
「あいよ、オクラ」と、スマートフォンに“オクラ”と入力しながら漱吾。
「しなびたピーマン」
「しなびた……は、いらねえな、ピーマン」
「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ」
「定番だな……ジャガイモ、ニンジン、タマネギ」
「それと、まるのままのトウガン」
「はいよ、トウガン……って、なんで夏なのに冬の瓜なんだ?」
「夏に収穫しても冬まで置いておけるからだよ……っと、野菜はこれぐらいかな?」
「ってか、お前にしちゃ珍しいな」
「いつもは高くて買えないけどな、作家仲間からのおすそ分けだよ」
「おすそ分け?」
「実家が千葉で農業やってるんだって」
そう樫山は答えると野菜室の扉を閉め、こんどは冷凍室の扉をあけた。
「えーっと、トリのムネ肉」
「鶏むね肉」
「トリのハツ」
「鶏のハツ」
「スナギモ」
「鶏の砂肝……鶏肉ばっかだな」
「牛や豚は高くてさ……あ、ブリのアラがあった」
「ブリのアラ……アラ?」
「身は高いからな」
「なるほど……以上か?」
「目ぼしいのはな……あとは冷凍したモヤシとかエノキとかもあるけど」
「ま、じゃあ、それくらいで」
「あ、待った……なんかあった」
「なんだ?その黒いの」
「ああ、取材先で分けてもらったやつだ」
「……ハムかなにかか?」
「まあ似たような――塩漬けにしたクジラだよ」
*
「ほら、あそこ、あの白いの、ちょっと瞬いてる」
「……どこですか?」
「ほら、あの黄色いののとなり」
「……よく見えませんね」
「まったく、本ばっか読んでパソコンばっかのぞいてるからやで?」
「悪かったですね」
「メガネもはずしいや、その方がよう見える」
「……ほんとですか?」
「そうそう。せっかくの夜や、生の目でじっくり見とき」
「たしかに……なんか瞬いてるように見えなくもないですけど……」
「だいぶ遠くの銀河なんやろうけど……新星ってよりは超新星っぽいよね」
「……ほんとですか?」
「ちがうかも知れんけど、そう想う分にはタダやろ?」
「まあ、たしかに。夜の海がこんなに明るいとは想ってませんでしたね」
「そうそう。キレイなんだ」
「“星の海”ってこういうのなんでしょうね」
「取材、来てよかったやろ?」
「ええ。――この船には最初びっくりしましたけど」
「最初は暴れてた“大将”も落ち着いて来たみたいやしな」
「まさか“彼”を引っ張るのにこんな小さな船ですすむとは想いませんでしたけどね」
「まあ10メートルあるかないかやもんな」
「かたやあちらは……10トンとか20トンとかですか?」
「対策本部のおじさんに聞いたら30トンはあるんやないかってさ」
「なるほど。それがあのまま腐ってたら周りのひとはたまったもんじゃないですね」
「それどころか、これから夏になったらもっと悲惨やで」
「悲惨?」
「体のなかのガスが充満して膨れあがって、腸の中から……ドッカ―ン!」
「あー、それは……」
「町の人もそやけど“大将”も望まんやろ」
「……ですね」
「だからさ」
「だから?」
「“感謝してる”ってさ“海に返してくれて”って」
「……だれがですか?」
「……うしろの“大将”に決まってんじゃん」
「……しゃべれないでしょ?」
「あんな、このお姉さんをなめたらアカンで。“山川草木みんな友だち”――どんな生き物とでもコミュニケーション取れるからこそ、こうやってカシヤマ先生の取材にも協力出来とるワケですよ」
「…………」
「あ、その目は信用しとらんな?」
「信用……していないわけじゃないですけど、時々、想像のななめ上を行きますからね」
「ま、夜もながいし、先生も“大将”の声をゆっくり聞いたらええわ。――遺言っぽいものも残してくれるかも知れんし」
「……やっぱり、キレイですよね」
「お、やっと先生にもあたしの美しさが分かって来たようやね」
「……海のはなしですよ?あと、宙と」
「照れんでもええって」
「でもほら、ほんと、あそこの青いところと黒いところが重なってるとことか」
「あのちょっと白いところとかな」
「たしかに星も白くて青くて、瞬いたり渦を巻いてたり――」
「ああ、ヴィンセントも似たようなこと言っとったよ」
「……ヴィンセント?」
「知らない?オランダの絵描きさんでさ」
「オランダ人に知り合いはいませんよ?」
「前に一度ジンとワインおごってやったらえらい感激されてさ、お礼にってあたしの似顔絵描いてくれて――“こんな美人には会ったことがない”って」
「はあ」
「ま、あんま似てないんだけどさ、こんど見せたげるよ」
「はあ」
キューイ。
「――いまのは?」
「ああ“大将”が、“私もこんな美人には会ったことがない”ってさ」
「…………」
「あ、やっぱ信用しとらんな?」
「いや、僕らもそろそろひと休みしませんか?さすがに眠くなって――」
「えー、さっき夜は長いって言ったばっかじゃーん。もうちょっと話そうよーー」
「はいはい。おやすみなさい――」
キューイ。
(続く)




