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第五話:ネコとクジラとユリノキ台のひょこひょこおじさん(その7)

「それで?」と、玄関からもどってくるなり日向康花 (29)は言った。「ご感想は?」


 ちょうどこの時、佐倉伊純 (29)は先ほど見かけた文庫本を手に取ろうとしていたところだったのだが、その手を引っこめると、「ご感想?」と、訊き返した。


「なんの感想よ?」


「あいつの――あの子の顔よ、まじまじと見てたでしょ?」


「そうねー」と、テーブルのうえにあたらしく置かれたポッキーに手を伸ばしながら伊純。「なんかちゃんと男の子っぽくなって来たわね」


 彼女も康花に合わせ、ハイボールのグラスを麦茶に持ちかえている。


「もう6つだしね」


「でもえらいわよね、この時間から塾だなんてさ」


「公文ね、たまたま近所にあったからさ」


「でもスゴイって想うよ、ほんと」


「最初は昼間に行ってたんだけどさ、先生から相談されちゃって」


「相談?」


「友だち同士で話し始めちゃうから時間をずらしてくれって」


「それで夕方に?」


「そうそう。そういうところもあの人そっくりなのよ」


     *


「それで?」と、ふたたび今度はテーブルの汚れた皿を片付けながら康花が訊いた。「ご感想は?」


 そう訊かれた伊純は、こちらはこちらで床に落ちたごみを拾い上げながら「ご感想?」と、ふたたび訊き返した。


「さっき言ったでしょ?」


「あれ以外は?もうちょっと詳しく――だれそれに似てるかとかさ」


 伊純の目の端に、カーペットのうえのオレンジパプリカが見えた。「八嶋智人?」


「ちょっと、マジメに訊いてるのよ?」


「ごめん。そうね――旦那さんにそっくりなんじゃない?まえ会ったときよりさらにそんな感じがした」


「そっか――」と右手の親指で左目のしたをかきながら康花。「やっぱそうだよね」


「でも、耳のかたちとかはあんたにも――」


「いいのいいの、分かってるもん。あのひとそっくりだって」と、口元だけで笑ってみせながら康花。


「いやでも、ほんと耳のかたちとかはさ――」


「たまに向こうのお母さんが来るじゃない?するとレストランとかで三人並んだりするじゃない?まるで三つ子みたいだもんね」


 ここで彼女は、テーブルに残っていた最後のフィンガーサンドを口に入れると、「私が欲しかったのはさ――」と言いかけて「なにこれ?ここだけマスタードが固まってる」と言って苦笑した。「私はさ、私に似てる人が欲しかったんだよ」


     *


「遅かったじゃない、真琴くん」


 と、息を切らせながら佐々木百合子 (27)は言った。学会とやらの帰りなのだろうか今日の彼女は紺のスーツ姿であるが、そんな彼女の後ろから、


「なに言ってんだい、あんたもいま来たばかりだろ」


 と、この助産院の主・美山円花 (生没年不詳)のツッコミが聞こえた。


「妊婦さんひとりで来さしてさあ、もうちょっと男親としての……もうひとりの女親としての自覚を持ってもらいたいもんだね」


「先生、わたしは学会で――」


「うっさいね、学会なんか自然のまえではほとんど意味なんか持たないさ」


 そう言うと円花は、首にかけている老眼鏡を持ち上げながら、夜はパートの佐山さんがいないこと、妊婦であるところの中谷あきら (25)はサッサと来て既に診察室に入っていること、この前みたいに騒いでるとすぐにほっぽり出すこと、の三つを伝えると、


「だからあんたらも!」


 と、天をも揺るがす大音声で言った。


「手洗い&うがいして!サッサと診察室に入んな!!」


     *


「“マーリン”?」そう髪をかき上げながら伊純は訊き返した。「“マーリン”って誰さ?」


「あの子の友だちだよ」と康花。「……“友だち以上、恋人未満”って感じかな?どこへ行くにも、なにをするにも一緒。“マーリン”と一緒じゃなきゃオヤツも食べないの」


「熱々じゃない」そう言って伊純はソファから起き上がると、康花のほうへと身を乗り出した。「かずくん、彼女がいるんだ?」


 そんな彼女の表情に康花は冷ややかな目線で応えると、


 ポンポン。


 と彼女の頭を軽く叩いてから、


「そうね、いるみたいね」と言った。「“彼女”かどうかは分からないけど」


「それでもステキじゃない」と、彼女のことばの意味をはき違えたまま伊純。「苗字は?外国の子なの?」


「さあ?苗字は聞いたことないわね」


「どこの国の子?」


「もともとはイギリスだかウェールズだかの子らしいわね」


「へえ、お父さんのお仕事とかで来たのかしら?」


「さあ?でもお父さんはいないらしいよ」


「そうなの?」


「うん。“マーリンには一度もお父さんがいたことがない”んだって」


「……どういうこと、それ?」


「さあね」と、注ぎなおした麦茶を飲みほしながら康花。「あの子にしか分からない話さ」


 そう言われて伊純は、しばらく考え込んでいたのだが、なぜか双子の片割れと最後に交わしたキスのことを想い出すと、


「あ、分かった」


 と、言った。


「“マーリン”ってのは空想のお友だちなんだ」



(続く)

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