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第五話:ネコとクジラとユリノキ台のひょこひょこおじさん(その6)

「さて」と、コンパクトのなかの自分を確かめながら (注1)山岸真琴 (28)は言った。「それじゃあ、ぼくもそろそろ帰りますね」


「あれ?」と、立ち上がり掛けた後輩の姿を見ながら樫山泰仁 (31)がそれに応える。「食べていくんじゃないのかい?」


「今日はこれから、助産院なんですよ」


「助産院?」と、こちらは3本目の缶ビールを開けながらの三尾漱吾 (31)。「なんで?」


「あきらの2回目の超音波検査で、赤ちゃんの動く様子が見れるかも知れないそうで――」


「行っていいのかよ?」


「百合子さん (注2)は嫌がったらしいですけど、助産院の先生がぼくも呼ぶよう言ったそうで――いざと言うとき手伝ってもらえる相手は増やしておけとかなんとか」


「へえ。なかなかスゴイばあさんだな」


「だからこれから助産院に行って、その後マタニティウェア選びにも付き合って――って感じですね」


「相手の旦那…………ってか奥さんは?」


「学会か何かで遅れるかもって言ってましたけど……ま、そういうのもあってぼくの同席も許してくれたんでしょうね」


     *


「ねえねえ、かずくん?私のことおぼえてる?」


 と、改めてソファに座りなおしながら佐倉伊純 (29)は言った。さっきまで熱っぽかった頭もいまではすっかり冷めているようだ。


「おぼえてないの?おばちゃんの名前、おぼえてないかなあ?」


「この子ならおぼえてるわよ」


 と、飲みかけのハイボールを流しに捨てながら日向康花 (29)が息子に代わって応える。


「おぼえてるでしょ?和康、この方どなた?」


「さくらのおばさん」


 そう日向和康 (6)は言うと、鼻のなかをズッスッとすすった。


「いすみ……おねえさん」


「正解!」と、伊純。「かずくん、もっと顔をよく見せてくれる?」


「和康!」と、康花。「手洗いとうがいが先――あと、鼻をすするの止めて」


 そう言われて和康は、手で鼻をかるく押さえると、そのままの格好で洗面所へと向かって行った。


「もどって来たら顔をよく見せてね」


 と、伊純はくり返したが、少年はふり返りもせず無言のままドアを開けると、その中へと消えて行った。


 そんな彼のうしろ姿を眺めながら伊純は、こんどは康花に、


「照れてるのかな?」


 と訊き、康花は、


「だれにでもあんな感じよ」


 と応えた。


「無愛想なところは旦那そっくりなの」


     *


「ねえ、あと何か買っておきたいものある?」と、ドラッグストアの特売コーナーで樫山詢子 (27)は言った。「あ、このポテチ50%オフだって」


 詢子はなかなか奇妙なと云うか冒険心にあふれた味覚の持ち主で、ドラッグストアの特売コーナーにときどき置かれるタイプの――ということはつまり、製菓会社や食品メーカーが持ち前のフロンティアスピリッツでもって開発したところの――新規かつ珍奇な味のお菓子や食品を試したがる傾向にあった。


「値段も格安だしね」


 すると、そんな彼女の稟質というか性癖をよく知る――日々苦労させられているところの森永久美子 (24)は、彼女の肩にアゴを乗せながら、


「でもそれ“ホットミルク味”って書いてますよ?」


 と、若干の皮肉と警告を込めながら言った。


「“ミルク”だけでも『?』ですけど、いまもう夏ですよ?」


「だから安くなってんじゃないの?」


「先輩ひとりで食べるんならいいですけど」


「えー、じゃあこっちは?“バナナソーダ味”」


「“バナナ”は分からなくもないですが“ソーダ”ってのがちょっと……」


「じゃあこれは?“まずい!青汁味!さわやかフルーツミックスタイプ”」


「なんでわざわざ“まずい!”って言ってくれてるものを買おうとするんですか?」


「もー、めんどくさい子ね」


「だから先輩ひとりで食べるんなら止めないって言ってるじゃないですか」


「いいじゃーん。せっかくのパジャマパーティーなんだしさー、楽しもうよーー」


 ――へ?


「え?」


「なに?」


 ――パジャマパーティー?


「……パジャマパーティー?」


「そうよー、カワイイ女の子たち (注3)がひと晩一緒に過ごすんだもん。

 おっきなアイスも買ってるし、くっそつまんないボードゲームも準備したし、恋愛もののDVDも兄さん家から借りて来たからねーー (注4)、楽しみましょう」


「あの……私、猪熊先生のお手伝いから上がったばかりなんですけど……」


「あ、そっか、じゃ、仮眠取ってからでも良いわよ」


 ――仮眠って (注5)


「はあ……」


「だいじょぶ、だいじょぶ。私もゆうべ徹夜でネームしてたけど、いまは元気だもん」


「……伊純さんっていつ頃来るんですか?」


「さあ?お友だちのお家を出たらメールくれるって言ってたけど……あ、じゃあ、この“キウイとパパイヤ・マンゴー味”にするね」


「はあ……」



(続く)


(注1)

 今日はオフなので化粧はしていないが、いつものくせでついつい見てしまったらしい。

 というか“その5”で鏡を見ていた詢子さんの化粧を『直したい!』って突発的・職業病的に想ったそうなんだけど、その衝動はすんでの所で止められたようで……うん。そのほうがいいと想うよ、真琴くん。


(注2)

 ちなみに。

 彼の元恋人であり彼の子どもを妊娠中の中谷あきら (25)の現在の恋人は佐々木百合子 (27)である。……合ってるよね?

 で、この彼の元恋人であり彼の子どもを妊娠中の女性を寝取った女性の名を彼が呼ぶとき、その言葉の中には、ごく微量ではあるが、「あのクソ女!」というニュアンスがふくまれることをここに付言しておく。――ま、表立って言わないだけまだマシかな。


(注3)

 は???


(注4)

 取り敢えず泰仁宅の本棚から「ノッティングヒルの恋人」と「ブリジット・ジョーンズの日記」と「ラブ・アクチュアリー」と「(500)日のサマー」と「君の名前で僕を呼んで」を借りて来たんだけど……、

 ではここで最初のクエスチョン。

『結局、詢子さんはたちはどの映画を観たのでしょうか?』


(注5)

 マジレスすると、仮眠は大体15分程度で切り上げるのが良くて、それ以上眠ってしまうと身体が熟睡モードにシフトしてしまって逆に寝覚めが悪くなってしまうんですよね…………って、グリコくんは熟睡したくて来たんじゃなかったっけ?


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