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第五話:ネコとクジラとユリノキ台のひょこひょこおじさん(その2)

 佐倉伊純 (29)がやっとのことでその駅にたどり着いたときには、もう昼の1時近くになっていた。


 伊純を迎えに駅まで来ていた日向康花 (29)に向かって彼女は、家を出たときには何も問題はなかったこと、と言うか西船橋の辺りまではまったく電車も間違っていなかったこと、それなのに何故か“ユーカリが丘”とかいう異世界のような駅に送られてしまい、そこから行ったり来たりを繰り返したのち、こんな時間になってしまったのだ――という旨の弁解をした。


「なに?あそこコアラでも住んでるの?」


 と、伊純は訊き、


「コアラはいないけど、コアラの電車なら走ってるわよ」


 と、千葉県北西部の住民以外には理解に苦しむであろう説明で康花は応えた。


 そのうえで彼女は、前にも二度ほどこの街には来ているじゃないかと伊純に言った。


 すると伊純はちょっと泣きそうな声で、エキナカのパイがどうとか雑貨屋の店員がどうとかと言い訳めいたことを言いながら、手にした買い物袋を持ち上げてみせた。


 そこで康花は、たたんでおいた日傘を手の中でくるくる回しながらその袋のなかをのぞき込んでみたのだが、なるほど、この季節にぴったりのオレンジチーズパイのいいにおいがしてくる。


「どう?」と、いまだ泣きそうな声で伊純が言い、


「うん。これで乗り間違えたのね」と、康花は微笑んだ。「なんかこう、あんたらしいわ」


 それから彼女は、しかしながらそれでも、こちらの料理は温めなおしになるし、とっておきのサラダなんかはちょっとしなびた感じになってるけどねと、陽気な感じで続け、伊純は伊純で、


「いずれにしろ、お腹ペコペコよ」と、答えるばかりであった。


「なるほど」と、手にした日傘を開きながらさらに康花は笑った。「やっぱ、こう、あんたらしいわ」


 そうしてふたりは、駅に隣接しているショッピングセンターの駐車場に向かって歩きながら、先ずは康花が、


「今日はなんで休みになったの?」と訊き、


「休みが出勤になって、その後やっぱり休みになったの」と、伊純は答えた。


「なによそれ?」


「佳葡さんって人がリンパ節炎だかヌッなんとか腫だかの手術でお休みを取ってたんだけどね――っていうか今日あっついわね」


「最近ずっとこんな感じよ、梅雨明けもまだなのにね」


「そうなの?もう7月も終わるわよ?」


「仕方ないじゃない。決めるのは私たちじゃないんだから」


 チリチリン。


 と、ここでふたりは、反対側の歩道を全速力で去っていく郵便局の自転車に一瞬目をうばわれたのだが、直後伊純が、想い出したかのように、


「あ、で、それで――その佳葡さんの手術がなぜか延期になっちゃってさ」


 と、続けた。


「で、彼女の代打で出勤になってた私の休みが、その後やっぱり休みになったってわけ」


「はー」


「わかった?」


「わかったけど、わかりにくかった。――ってか、ヌッなんとか腫ってどんな病気?」


 ピピッ。


 という音がして康花のワンボックスの扉が開き伊純は、自分も話は聞いたけれどよく分からなかったこと、そうして多分、康花ならかかる心配のない病気だろうと答えた。


「そうかな?」


「そうよ」


 と、ふたりは言い合い、それから車へと乗り込んで行った。


     *


「それで?」と、樫山泰仁 (31)が訊き、


「それで?って?」と、三尾漱吾 (31)は訊き返した。「――なにが?」


 ということで。


 こちらは場面替わって、泰仁の住む樫山家の手狭な1階リビングである。


「なにが?って“見たことない”って言ったのは君たちだぞ?」と、樫山。「せっかく録画したのを見せたんだからさ、感想ぐらい聞かせてくれよ」


 そう言って彼は、自身が原作を書いたアニメの感想を集まったみなに要求しているのだが――、


 これに応えて先ずは漱吾が、


「感想って言われてもよ」と言い、


「いきなり今週分だけ見せられても」と、樫山詢子 (27)が続け、


「前後の話が分からないのでなんとも――」と、山岸真琴 (28)も言った。


「おいおいおいおい」と、樫山。「原作小説はあげたじゃないか」


「あー、まー、もらったのはもらったけどよ」


「正直、まだ読んでないのよね」


「ぼくは先週もらったばかりなので……カバンのなかに入れっぱなしでして」


「ちょっと待ってくれよ、貴重なサイン本だぞ? (注1)」


「だって俺、SFとかよく分からないしさ」


「正直、兄さんの文章って苦手なのよね、私」


「僕は詢子さんに借りたアニメ見るのに忙しくて (注2)……なんかすみません」


「はあ……」


「あ、でも、いまの赤毛の子はカワイイかなっとは想った」


「私、あのクリス・ヘムズワースっぽいひと好きかも」


「あの青いひと?も、ちょっとフレッド・アステアっぽくて良いですよね、動きが」


「そう言えばアレ、なんで青いんだ?」


「宇宙人だからじゃないの?」


「『アバター』みたいなもんですかね?」


「ごめん。『アバター』ってなに?」


「そう言う映画があんのよ」


「あれ面白かったですよね。たしか『ターミネーター』と同じ監督さんで――漱吾さん、ほんとに知らないんですか?」


「いや、ごめん。知らないなあ」


「あれはSF駄目でもオッケーなんじゃない?」


「うちの姉さんたちも面白いって言ってたぐらいですからね」


「あー、じゃあ今度借りてみようかな?」


「いや、たしかこの家にもブルーレイあったわよ」


「だったら丁度良いかもですね」


「だな、どうせ時間もあるし」


「ねえねえ兄さん、ブルーレイ出して来てくんない?」


「…………はあ」


 ――ま、そんなもんだよ、樫山先生。



(続く)


(注1)

 第四話“その9”を確認のこと。

 某組織に1千冊ただで献上したため (全時間・全宇宙的に)相当な値崩れを起こしている最中らしい。


(注2)

 第四話の詢子&真琴パートを確認のこと。

 この二週間でテレビ版の第1期から第3期、並びに劇場版4作品を一気に履修させられたようである。

 で、この後はCDやWEBラジオが続く……と言いたいところだが、さすがの詢子さんもその辺の自制心は働いている模様。


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