第四話:グリコとキョロ(その14)
「じゃあ別れるって言うのかよ!!」と、三尾漱吾 (31)は叫び、
「な、な、なんでそんなことに?!」と、山岸真琴 (28)は震え、
「考え直すことは出来ないのかい?」と、樫山泰仁 (31)は、今まさに主人に捨てられようとしているチワワのような顔で言った。
すると、そんな野郎ども三人の問いにまとめて答えようと森永久美子 (24)は口を開きかけたのだが、
そこに――、
「もう、二度と会えないってこと……?」と、樫山詢子 (27)がつぶやき、
「本当に、これで最後にする積り……?」と、佐倉伊純 (29)が“悔しさを握りしめすぎた、こぶしのなか爪が突き刺さる”ような声で言った。
なので、そんな女たち二人の問いにもまとめて答えようとグリコこと森永久美子 (24)は彼女たちのほうを振り向いたのだが、
その背中に再び――
「彼のなにが不満だって言うんだ!!」と、漱吾が叫び、
「あんないい人ほかにいませんよ?!」と、つられて真琴も叫び、
「彼なしにどうやって生きて行くつもりなんだ?!」と、天を仰ぎながら樫山も叫んだ。
そこで、ふたたびグリコは彼ら三人のほうに向き直ろうとしたのだが、
「結局、愛していなかったってことよ――」と、吐き捨てるように詢子が言い、
「やめてよ、そんな言い方。それじゃあまるで――」と、なぜか科を作りながら伊純が言った。
というワケで、みたびグリコは、彼女ら二人のほうを……って、ああ、メンドクセエ。
「愛がなくてもいいじゃないか!!」
「愛しているフリでもいいんですよ?!」
「そのうち愛が芽生えることだってあるかも知れないじゃないか!!」
と、ちょっと作者の倫理観が問われそうな感じで野郎どもは言うのだが……、
あ、そう言えば言い忘れてたけど、ここはいつもの詢子さんのいつものマンションで、ここにはいつものこの6人しかおらず、よその人にこの話が聞こえたりはしておりませんので……えー、一応はご安心を。
「そうね、うちのお母さんも“最後は打算”ってよく言ってたわね」
「結局、自分のことを好きでいてくれる男と一緒の方が女は楽よ?」
――なんですか、そのお見合いオバサンみたいな口ぶりは。
「と言うか、これから何を楽しみに生きて行けば良いんだ――」
「今度の休みに姉さんたちに紹介しようと想っていたのに――」
「僕もフェンチャーチに彼を会わせようと考えていたのに――」
*
「ごろにゃーお (訳:物数を尽くし、工夫を極めて後、花の失せぬところをば知るべし)」
*
――いまのなに???
「どうしてくれるのよ?!グリコ!!」
「そうだぞ!グリコ!!」
「ぼくたちにどうしろって言うんですか?!」
「ああ!この世は地獄だ!!」
と、まあ、そんなこんななこいつらがグリコに詰め寄ろうとしたのだが、
すると――、
「みんな!落ち着いて!!」
と、明らかに落ち着きをなくした感じで伊純さんが叫んだ。
すると、途端に一座は静かになり、
優しく、愛にあふれた表情の伊純さんがグリコを見つめ、
彼女にスポットライトが当たったと想うやいなや、
「きっと――ふたりの恋は終わったのね」
と、往年の大スター越路吹雪 (注1)が如く伊純さんが言い、
「え?いや、伊純さん?」
と、グリコも、もうちょっとちゃんと説明しようとしたのだが、
「許してさえくれないの?――グリコ」
と、何故か詢子が、歌うような声でグリコの言葉をさえぎった。
「は?え、先輩?」
すると今度は漱吾が、
「サヨナラって、顔もみないで、去って行くなんて――俺には耐えられない」
と、涙をかくしながら言った。
「いえ、ですから……」
と想ってたら、そんな漱吾の後ろから、
「ほんとですよ、森永さん」
と、目に涙をためながら真琴が、
「あの、楽しい、夢のような、あの頃を、想い出して下さい」
と続けた。
「なんで皆さんが泣くんですか……」
で、まあ、するってえと、そんなグリコの当惑そっちのけで、
「サン・トワ・マ・ミー」
と、こっちはこっちでカーテンを開き、窓の外を見詰めながら樫山。
いつの間にか外は夜に、空は雨に変わっている。
「……なんですかそれ?」
と、更に当惑しつつグリコが訊くと、
「サン・トワ・マ・ミー」
と、今度は伊純が、樫山のとなりに立ちながら歌った。
「悲しくて、目のまえが暗くなるわ」
――それでは皆さん、ご一緒に。
「サン・トワ・マ・ミー~~♪ (注2)」
「いい加減にしてください」
パタン。
――あ、出て行っちゃった。
*
と、いうことで。
外はふたたび昼へ、空もふたたび晴れへと戻り、森永久美子 (24)と江崎曽良 (24)のふたりは、御苑近くの小道を北へ向かって歩いていた。
「そっかー、うん、まあ、そうだよね」と、江崎が言い、
「なんかごめんね」と、久美子は応えた。
「いや、なんとなくは分かってたし――逆にずっと考えてくれてたんだって驚いてる」
「あ、でも、ずっとってわけじゃ――」
「分かってるよ、3年?4年だっけ?――でも、おぼえてはくれてたんだろ?」
「うん……」
「それだけでうれしいよ」
「……ほんと?」
「逆になんでいまごろ?って想っちゃったぐらいでさ――忘れたふりしてればよいのに」
「ああ、それはクラゲオバケが」
「……クラゲオバケ?」
「あ、いや、なんでもない。ちょっと夢で見て想い出したの」
「そっか……でもやっぱ“根はいいやつ”だよな、グリ――森永は」
「“グリコ”でいいよ、あんたが付けたんでしょ?」
「じゃあ僕のことも“キョロ”のままで。森な――グリコが付けたんだもんな」
「“キョロちゃん”」
「“森永グリコ”」
それからふたりは、軽く笑い合うと、道端のベンチに腰掛け、昔話に花を咲かせた。
「でもさ、ほんとはちょっとホッとしてもいるんだ」と、不意に江崎が言って、
「なんで?」と、グリコは訊き返した。
「そりゃもちろん、グリコにフラれたのは悲しいよ――こんないい男をさ」
「自分で言うかな?」
「すこしぐらいは言わせろよ」
「ま、女子受けは良さそうだよね」
「もったいない?」
「うーん?」
「ごめん。冗談」
「もう」
「でも、ちょっとホッとしたってのは事実でさ」
「だからなんでよ?」
「誰にも言わない?」
「……多分」
「あのさ」
「うん」
「グリコの先輩たちなんだけどさ」
「うん?」
「どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしても、あの人たちを好きになれなかったんだ」(注3)
(続く?)
……、
…………、
………………、
……………………カチャン。
「あの……漱吾さん?」
「ああ……八千代ちゃんか?どうしたの?」
「美里さんにも訊きましたけど、やっぱり“涙忘れるカクテル”的なものはないそうです」
「ああ……そうか……」
「というか、アルコール類は基本置かない方針だそうで――」
「ああ……そっか、そうだよな……じゃあ、“はちみつ♡トースト”のお代わりもらえる?……ハチミツもチョコもたっぷりかけてさ」
「それは構いませんけど……大丈夫ですか?3個目ですよ?」
「うん。大丈夫だよ、みんなで分けるし……樫山も食べるよな」
「ああ……いまはとにかく甘いものが欲しい……山岸は?」
「ぼくも……今日ばかりはカロリーとか気にしてられませんから」
「あー、もう、真琴さん。ほら、涙ふくハンカチならあるわよ」
「そうよ、真琴くん。愛がこわした君のこころをやさしく包むソファだってあるんだから、悲しけりゃ、ここでお泣きなさいよ」
「詢子さん……伊純さん……」
「えーっと、じゃあ、“はちみつ♡トースト”追加……で良いですか?」
「ああ、ごめん。みんな魂が抜けかけてて……うん。そう。“はちみつ♡……トースト”……追加で……追加でたのむよ」
「はあ……かしこまりました…………」
カラカラン。
「あ、森永さん」
「ああ、八千代さん」
「皆さんなら奥の席に……って、アレどうしちゃったんですか?」
「あー、まあ、いろいろありま……」
「おい!グリコが戻って来たぞ!!」
「ということで、詳しくは後ほど……私にはキツメのエスプレッソお願いします」
「どうだった?森永くん?」
「えっ……と、なにがでしょうか?」
「江崎くんとはどうなったんですか?」
「あ、ええ、まあ、キチンとお返事をして来まして……」
「彼、泣いたりしてなかった?」
「あ……はあ、まあ笑顔で……」
「そっか……やっぱり江崎くんは気丈ね」
「俺たちとは違うよな」
「森永くんに心配させないようにしたんだろう」
「顔で笑って心で泣いて……最後まで、カッコイイですよね」
「きっと、あのはにかんだ笑顔で答えたんでしょうね――」
「きっと、そうだったんでしょうね……」
「俺たちのことは? なにか言ってたか?」
「へ……?」
「やっぱり、もう、なかなか会えなくなるもんな――」
「ああ……」
「どうだったんですか? グリコさん?」
「あーー」
「まさか話してないの?」
「ええっと……」
「どうなのよ? グリコ?」
「エスプレッソお待たせしましたーー」
ガッ。
ゴクゴクッ。
ダン。
「ぼ、“僕も皆さんと会えなくなるのが悲しい”――って言ってました」
「ああ」
「やっぱり」
「さすが江崎くん」
「最後までやさしいのね」
「彼に出会えて、ほんとによかった……」
(続く?)
……、
…………、
………………、
……………………カラカラン。
*
「ありがとうございましたーー」
「じゃあ、また寄らせていただきまーす」
「はーい。おつかれさまでしたーー」
*
「ねえねえ、伊純」
「なによ?詢子?」
「でもさ、やっぱちょっと心配じゃない?」
「うん?なにがよ?」
「江崎くん、変な女につかまったりとかしないかな?」
「彼に限ってそれはないんじゃない?」
「でも失恋の痛手につけ込むってのは王道だしさ」
「まあ、たしかにモテるだろうしね」
「女にも男にもね」
「狙ってる子も結構いるんだろうしね」
「そうそう」
「でも多分、“当分恋愛はこりごり”って感じにもなるんじゃない?」
「そうかな?」
「だって、数年越しの失恋よ?」
「うーん?だったら女の子とは当面距離を置いたりするのかな?」
「男のひとってロマンチストだもんね」
「するってえと、逆に……そこに年上の?……いや、年下の?…………男の子が…………」
「どしたの?急に立ち止まったりなんかして?」
「これよ……伊純」
「……なにが?」
「やっと降りて来た!」
「……はあ?」
「なんか!スッゴイの降りて来た!!」
(続く)
(注1)
本名は内藤美保子 (旧姓:河野)、1924年2月18日生まれ。元宝塚歌劇団トップスターで舞台女優でありシャンソンのシンガーでもあった。
代表曲には『愛の讃歌』『ラストダンスは私に』『ろくでなし』『サン・トワ・マミー』など多数ある。
1980年胃ガンのため56歳という若さでこの世を去った。愛称は「コーちゃん」「コッシー」……あ、なんか聞きたくなって来た。
(注2)
『サン・トワ』はフランス語の“Sanstoi”で「あなたがいなければ」「あなた無しでは」ぐらいの意味。
『マ・ミー』は“ma mie”で「私の愛しい人」ぐらいの意味。
だから、『サン・トワ・マ・ミー』は「愛しいあなたがいなければ」ぐらいの意味になりますね、はい。
(注3)
第三話“その11”や第四話“その13”その他を確認のこと。
江崎くん、何気にこいつらからは距離取ってましたね。




