第四話:グリコとキョロ(その12)
「おい!見てくれよ」
と、店内に入って来るなり満面の笑顔で三尾漱吾 (31)は言った。
「やっと出来たぜ!チームTシャツ」
そういう彼の腕にはひとかかえ程のダンボールがあるのだが――、
「チームTシャツ?」
と、こちらは三連休の第一日を雰囲気だけでも味わおうとちょっと豪華な昼食 (注1)を取っていた樫山泰仁 (31)である。
「なんのチームのだい?」
そう言われて漱吾は、
「“なんのチームのだい?”」
と、樫山の声真似をしつつ――上機嫌ですね先輩――彼の横の席にダンボールを置くと、
「卓球チームのに決まってんだろ」
と、その中身を開いて見せた。
なるほど。
たしかにダンボールのなかには、ピンク地白文字で『卓球!』と書かれたオリジナルTシャツが60枚ほど入っているのだが――、
「これ、ひょっとして江崎くんかい?」と、眉をひそめながら樫山が訊くと、
「いいだろ?!詢子ちゃんに描いてもらったんだ!」と、着ていたジャージを開いてみせながら漱吾は答えた。
なるほど。
たしかに。
業者から受け取ってすぐにでも着てみたくなったのだろうか、ジャージの下には同じピンク地のTシャツ――真剣な表情でラケットを握る青年の横顔が描かれたTシャツがあった。
と、ここで、
「あら、どうしたんですか?そのTシャツ」
と、そんな彼にこの店の看板ウェイトレス (赤毛・長身)が声をかけた。
「お水、置いておきますよ」
「なあなあ八千代ちゃんも見てくれよ、イケてんだろ?」と、イラスト部分を強調して見せながら漱吾。
「ああ、なんかカッコいいですね――“卓球”って感じで」
「だろ?チームのみんなも喜んじゃってさ」
「へー」
「ホントはひとり一枚だったんだけどさ、出来が良いからってみんなもっとくれって、ひとり二枚ずつ持ってった」
「ほー」
「で、カラバリ変えて追加発注しても良いかなって想ってるんだけど、ほかのチームにも訊いてからのほうが良いかなって想っててさ」
「なるほどー」……そろそろ注文してもらっても良いですか?
「あ、そっか。そうだね。じゃあ、いつものサーモンサンドと野菜ジュースお願い」
「かしこまりましたー」
「あ、八千代ちゃんもいる?Tシャツ?おそろいだよ?」
「あーー、考えておきます」――さすがにそのピンクはちょっと……。
*
「なあ」と、ウェイトレスがオーダーを通すのを見るともなしに眺めながら樫山。「“ほかのチームにも訊いて”ってどういう意味だ?」
「はあ?」と、ダンボールのフタをしめながら漱吾。「“ほかのチームにも確認する”って意味だよ。バカか?おまえは」
「あ?いや、それぐらいは分かるよ」
「うん?……じゃあ訊くなよ」
「え?……いや、じゃなくて」
「うん?」
「えーっと……それは、お前のチームのチームTシャツなんだろ?」
「そうだよ」
「ってことは、お前のチームのメンバーが、互いに“自分のチームのメンバーだな”って認識するために?団結するために?着るんだよな?」
「まあ……難しく言うとそうだな」
「で、他のチームのひとたちは他のチームのひとたちで団結するために独自のチームTシャツを作ったり着たりするよな?普通は」
「まあ……簡単に言うとそうだな」
「だったら、なんで他のチームのひとがお前のチームのチームTシャツを欲しがるんだよ?」
「ああ、なるほど」と、やっと得心がいった顔で漱吾。「それが実はさ――」
と、彼がこの質問に答えようとした瞬間――、
「す、すみません!」
と、突然、この店の厨房係 (黒髪・長身・男によく間違われます)が漱吾に声をかけて来た。
「はい?」と、すこし驚きながら振り返る漱吾。「どうかした?たしか、えーっと」
「あ、エマです。木花エマ」
「そうそう。厨房係の。――八千代ちゃんの同級生だっけ?」
「あ、はい。そうなんですけど、いまヤッチ――八千代さんから聞いたら、なんかイラスト入りのTシャツを作ったとかなんとか」
「うん?ああ、見てみる?」と、ふたたびダンボールのフタを開けながら漱吾が言い、
「是非!」と、ちょっと取り乱した感じで厨房係は答えた。
「これなんだけどさ」と、一枚開いて見せながら漱吾。「なに?エマちゃんも卓球やんの?」
「いえ、全然」と、彼のほうには一瞥もくれずに厨房係。
――なんでそんなに熱心に見てるの?
「やっぱり……」
「なに?」
「このイラストって (*検閲ガ入リマシタ)先生ですよね?」
「へ?」
「この男性のアゴのラインとかメガネ越しの目の表現とか口元の表情とか――」
「ごめん。その (*検閲ガ入リマシタ)先生ってのは――」
と、漱吾は厨房係に訊き返そうとしたのだが、するとここで樫山が、彼の袖をそっと引っ張りながら、
「合ってるよ」
と、漱吾にだけ聞こえる声で言った。
「(*検閲ガ入リマシタ)ってのは詢子のペンネームだ (注2)――“あっち”界隈じゃ結構有名らしい」
すると漱吾もなんやかんやと色々合点が入ったのだろう、
「ああ、そうなんだよ」
と、厨房係のほうに向きなおりつつ言った。
「(*検閲ガ入リマシタ)先生に頼み込んで描いてもらったんだ」
「これ!わたしも欲しいんですけど!!」
と、必死な顔で厨房係。
「あー、別にいいよ、安物だし。一枚もってっても」
「いえいえ、お金はお支払いしま……あー、友だちも欲しがるだろうなあ」
「そうなの?」
「ええ!」
「でも、八千代ちゃんは別に興味なさそうだったよ?」
「あ、ヤッチとは別の、部活の友だちとかもこの先生のファンで――」
「ああ、だったらカラバリ増やそうかって考えてるところだしさ、それからにしない?」
「マジですか?!」
――エマちゃん、ちょっと落ち着け。
「ぜひぜひぜひ!!」
*
「すげえな」と、スキップ姿で戻って行く厨房係を見るともなしに眺めながら漱吾。「まさか詢子ちゃんにあんな熱心なファンがいるとは想わなかった」
「“あっち”界隈じゃ成長株らしいからな」と、樫山。「僕にはよく分からないけど――って、そういう話なのか?」
「なにが?」
「他のチームのひとがソレを欲しがる理由」
「あー、ちがうちがう。この前の試合で相手の女子チームが江崎くんにメロメロになってたろ? (注3)」
「ああ」
「あそこからウワサがうわさを呼んだらしくってさ、この辺の卓球女子は軒並み江崎くんファンになったらしいぜ」
「あー、カッコ良かったもんね、彼」と、恋する乙女の目になりながら樫山が言い、
「ほんと、ステキだったわよねえ」と、こちらも恋する乙女の声になりながら漱吾も返したのだが――、
――ごめん。数少ない男キャラだし、もうちょっとピシッとして。
「あ、これは失礼」
と、男らしく座り直しながら漱吾。
「で、このイラストを自分のチームでも使いたいって話がホウボウで持ち上がってんだとさ」
*
「なるほど、これは面倒ね」と、右の話を読んだカトリーヌ・ド・猪熊 (頼れる姐御)は言い、
「なんかアイドルのおっかけというか宗教の信者というか……」と、森永久美子 (24)は応えた。
「女性陣は?さすがにここまでではないんでしょ?」
「あー、でも、こーゆーのとは別の意味で……特に先輩が」
(続く)
(注1)
そうは言っても貧乏性の彼なので、ここで食べているのは『シグナレス』特製の日替わりランチセット (税別:1,250円)である。
(注2)
たかが駆け出しBL作家のペンネームに何故検閲が入るのかというと、公共の場で口にすると結構恥ずかしいと言うか、かなり憚られる感じのペンネームだからである。
(注3)
第三話“その11”を確認のこと。
ってか、江崎くんただの助っ人だったよね?




