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第一話:BL作家と六月の花嫁(その4)

 カラカラン。


 と、『シグナレス』のカウベルが鳴り、ずぶ濡れ一歩手前の樫山泰仁 (31)が店内へとはいって来た。


 きっと“ある種の雨雲たち”からライスシャワーのごとき祝福の雨を浴びせかけられたのであろう彼は、それでも世の雨男のほとんどがそうであるように、その不幸を当たり前のことだと想いもつかないぐらいに当たり前のことだと想いながら、問題の妹・詢子の姿を探した。


「なんだ、また降られたのかよ」


 と、そんな樫山の背後から声をかけて来たのは、ベルギーワッフル (抹茶アイス乗せ)を手にした三尾漱吾である。


 彼は今しがた、この店の女主人との交渉 (おねだり)にみごと成功、抹茶アイスのうえから更にチョコレートソースをかけてもらったところであった。


 まあ、こういう男に限って太りもしなければ糖尿病になったりもしないのだから世の中というのは本当に不公平に出来ている。


「なんだ、お前もいたのか?」と、声のほうを振り返りながら樫山。「急に後輩から電話がかかって来てね。それに出てたら降り出して来ちゃって――」


 そう言って彼は、新しく購入した自慢の折りたたみ傘 (直径120cm!12本骨!ワンタ (以下略))を、それとなく見せびらかした。


「ま、おかげで新しい傘が役に立ったけどね」


 が、そこはそれ、こちらはこちらで生まれついての“晴れ男”三尾漱吾である。


「ふーん」


 と、傘なんてどれも一緒だろ?ぐらいのテンションで彼は応えると、


「それよか、詢子ちゃんも来てるぞ?」


 と言った。


     *


 さて。


 ということでいきなり話は脱線するが、三尾漱吾 (31)の晴れ男ぶりはちょっとしたものである。


 そう。


 それは例えば、大学時代の夏、ゼミの合宿で鹿児島に行ったときの話が分かりやすいだろう。


 というのも、この鹿児島行きは当然空路を取ったワケだが、神の御業か悪魔の所業か、出発予定日のちょうど前日に、数十年に一度レベルの超巨大台風が発生したのである。


 なので。


 そのままの予定で行けば、彼らの乗る鹿児島行きの飛行機が福岡上空に差しかかったのとほぼ同じタイミングで、その超弩級大型台風も福岡上空を通過することになっていた。


 そのため、当日空港に集まったゼミの教授や同級生たちは合宿スケジュールの変更や別ルートの検討に頭を悩ませていたのだが、そんな彼らを横目にひとり漱吾は、Tシャツにジーンズ、サンダルにトートバッグ (ペンギン柄)と云うご近所散歩スタイルで羽田空港国内線ターミナルに現れると、


「どうしたんですか? 皆さん血相変えて?」


 と、そのときたまたまコーヒーを買いに一団から離れていたゼミの助教授に訊いた。


「どうしたもこうしたも、台風のはなし知らないのか?」


「あー、すみません。うち、いまテレビが壊れてまして」


「このままだと新幹線で行くか合宿自体キャンセルすることになりそうなんだよ」


「ええ?!」


 と、ここでやっとことの重大さ――二晩続けての飲み会キャンセルの可能性――に気付いた漱吾は、


「それは困りましたねえ……」


 とつぶやくと、自分でも知らず知らずのうちに天の神さまだがお天気の女神さまだかに、


『なんとか晴れてくれないですかねぇ』


 との祈りをあげていた。


 すると、そんな彼の祈りなり願いなりが、どこかの誰かの受付窓口にまで届いたのかどうかまでは分からないが、台風は急遽ルートを変更、台湾の方へと飛んで行くと、彼らの飛行機を新幹線に変えることも、合宿を中止にさせることも、桜島を雨で煙らせることもなかった。


「やりましたね! 行けますよ! 鹿児島!!」


 と叫んだ漱吾に、そんな台風の気遣いに気付ける理由もないのだが、おかげで彼は、二晩続きの宴会において、地元向けの黒霧島 (25度)を存分過ぎるほど存分に堪能せしめたのであった。


     *


「また甘そうなもの食べてるな?」


 と、漱吾の皿を見詰めながら樫山が言うと、


「でもちょっと甘さが足りなかったんで美里さんにチョコを足してもらったんだ」


 と、漱吾は応えた。


 ちなみに。


 この“美里さん”というのはこの喫茶店の女主人のことだが、彼女に限らず一般的な女性たちは、酒豪で甘党で女癖もあんまりよろしくないこのバカイケメンに対して、ついつい甘い態度を取ってしまう傾向にあるようである。


 なので。


 彼に厳しい女性と言えば、彼の太腕繁盛記的母君を除けば、伊純や詢子やグリコといった友人たちぐらいになるようであった。


     *


「本当にかけてもらったの?」と、呆れた声で伊純が言い、


「美里さんも漱吾には甘いんだから」と、詢子が続けた。「あんた、そのうちヒドイ目に会うわよ?」


「大丈夫だよ」と漱吾。「俺はヒドイ目に会わないように出来てんの」


 すると彼のこのセリフに、「お前――」と、数年前にこの男が引き起こしたどっろどろでぐっちゃぐちゃの修羅場に巻き込まれた樫山は言い掛けたのだが、彼がその続きを言うが早いか、


「あ、兄さん、遅かったわね」


 と、妹の詢子が彼に声をかけて来たので、漱呉の過去への追及はここで沙汰止みとなった。


「それが公園のあたりで電話がかかって来てさ」と、詢子の隣に座りながら樫山。「そうこうしてたら雨も降って来ちゃって」


「あら、相変わらずの“雨男”なんですか?」と、これは伊純。


 彼女は彼女で漱吾に負けず劣らずの“晴れ女”である。


「電話って仕事?」と、これは詢子。「忙しいようなら私はいいのよ?」


 そう言えば、詢子くんを慰めようとしてたんでしたね。


「話ならイスミや漱吾に聴いてもらってるし」


「いや、仕事じゃないんだ」


「でも忙しいようなら」


「あ、それが……」と、少々自分の軽率さを反省しつつ樫山。「山岸って覚えてないか?」


「山岸さん?…………ううん?」


「クリケットをしてた頃の後輩で、お前も何回か会ったことあるはずなんだけど、そいつがちょっと困ってるみたいでさ、話を聴いて欲しいって言って来てて――」


「ああ、それなら、それこそ、そっちの人のほうへ行ってあげて?私なら大丈夫だし」


「あ、いや、それが千駄ヶ谷に来てるとかで、ここで落ち合うことになったんだよ」


「ここ?」


「そう。スマホで住所送ったからもうすぐ来るとは想うんだけど――気になるようなら場所は変えるけど、お前の話も聞きたかったし」


 するとここで伊純が、


「ちょっとすみません」


 と、樫山のほうに身を乗り出しながら訊いた。


「後輩のひとってどんなひとですか?」


「ああ、僕の二つ下で、クリケット部でいっしょだったんだけど、生まれ年は詢子と同じで――」


「あ、じゃなくて、カッコイイ系とか?カワイイ系とか?」


 ――最近、出会いがないんですよね。


「ああ、」


 と、少し複雑な表情になりながら樫山。


「いや、その頃からは随分変わったし…………カワイイ系?…………カッコイイ系?…………ではないなあ」


「有名人ならどんな感じですか?わたし最近、羽生結弦くんにハマってて、前は神木隆之介くんラブだったんですけど――」


「あ、いや、そういう感じともちょっと違ってて――」


     *


 カラカラン。


 と、ここでお店のカウベルが鳴り、


「先輩!」と樫山を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、ちょうど来たみたいだから自分で確かめてよ」そう樫山は言うと、伊純に扉のほうを振り向くように促した。


 そうして一同がふり向いた『シグナレス』の青い出口扉の前には、純白のウェディングドレスを着たひとりの麗人が、雨に濡れた黒髪もそのままにこちらを向いて立っていたのであった。



(続く)

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