第四話:グリコとキョロ(その7)
『えーっと、それでは次のリクエスト。ペン・ネーム“全力シモニア”さんから。
「どうも園さん。“会えない時のために。こんにちは、こんばんは、おやすみなさい。”そちらは朝でしょうか?夜でしょうか?お昼でしょうか?」
お、ありがとうございまーす。
“会えない時のために。こんにちは、こんばんは、おやすみなさい。”
はい。で、えーっと、今日のラジオは生放送なので、こちらはそろそろ午後の三時になるところですね。
なので改めて――、
“どうも、こんにちは、シモニアさん”
……ですかね?
「いつも職場に向かう車の中で園さんのラジオを楽しみに聞いております。」
おおっ!ありがとうございます!!
あ、じゃあ、今日もお仕事?なんですかね?日曜なのにごくろうさまです。
「この前のレースの実況もとっても良くて、正直あんな武井のオッサンよりずっと園さんの声を聞いて――」
……って、ここはいろいろあるので飛ばさせて頂いて――、
「それで、今日リクエストさせて頂きたいのは、かなりむかしの曲なのですが、P・S・フレデリックの『時は流れても』です!」
おお!P・S・フレデリックとはまたシブいところを突いて来ますねー
あれ?……でも“全力シモニア”さんってたしかまだ二十代……???
「P・Sについては僕もまだバンドのメンバー (ベース)から進められて聴き始めたばかりなので詳しくはありませんが、歌詞もメロディーもバックのミュージシャンも信じられないぐらいすごくて、甘くて苦くて目が回りそうな感じになっています。」
あー、なるほど。バンドのメンバーさんに教えてもらったんですねー。
あー、でも確かに。この頃のフレデリックはもんのすっごくすごくて、ボーカルにも伸びがあるしバックのミュージシャンもジャズやフュージョンの手練れが集まってるし、この『時は流れても』のサックスとかもねー、たしかジョセフ・ヤングじゃなかったかなー、フィラデルフィア・ボーイのねーー。いや、またこれがシブいんだな、これが。
なんかねー、もうねー、この園さんですらねー、この間奏のサックスには何度聴いてもメロメロにさせられちゃったりしますからねーー。
「ということで、ぜひぜひP・S・フレデリックの『時は流れても』をお願いします!!」
はい!お願いされました!
ということで。
本日最後の曲は、ペンネーム“全力シモニア”さんからのリクエストで、P・S・フレデリックの『時は流れても――アフター・ジーズ・イヤーズ』です。
それでは皆さん。
残りのお休みもずっと安全運転で。
お相手は私、AKBC文化部&スポーツ部所属・園乃彩でした。それでは、また――』
*
さて。
そうしてそれから、店内の小さな、けっして高級とは言えないスピーカーから、古めかしいローズピアノの音が聞こえて来たので、江崎曽良 (24)は、たっぷり15分間かそこらひとりでしゃべり続けていた口をハタとつぐんだ。
食前に飲んだ桂花陳酒のせいかフロアー担当にすすめられたニガウリ料理のせいか、それとも目のまえにすわる幼なじみの頬が赤味を帯びて来ていたためかは分からないが、このままいよいよ調子づいて、この調子のままにしゃべっていれば、きっとどこかでへまをやるに違いないと、いまさらながらに気付いたのかも知れない。
だから――というわけでもないのだろうが彼は、ずっと浮かし気味であった腰をイスのほうへと戻すと、チェイサー用にと頼んでおいた冷たいお茶をひと口含み、ラジオからは少ししわがれた男の歌が流れた。
*
“かの女にあった、ゆうべおそくに。
うれしそうにね、わらってくれた。
ぼくはただ、
バカみたいにね、ほほ笑んでいた。”
*
「どしたの?」と、いちど小さな咳ばらいをしてから森永久美子 (24)は言った。「きゅうに黙っちゃって?」
*
“それから、
そうして、
むかしの話、
すこしのビール。”
*
そんな彼女の質問に、目をそらしながら彼は微笑むと、小さく首を傾げて応えた。
*
“こんなに時が、流れたのにね。
そう。
こんなに時は、流れたのにね……。”
*
「へんなの」と久美子が続けて江崎は、テーブルのはしに残っていた落花生に、ゆっくりと手を伸ばした。
*
“親しみやすい?
ふりしてるだけ。
ただやりかたを、
かえられなくて。”
*
コホン。
と、久美子がもう一度小さな咳ばらいをした。「私にもひとつ残しておいてね」
*
“だけどね、
それでも、
甘いだけのラブソングに、
夢中になれるバカでもない。”
*
ひとつは彼女に、
ひとつは自分に、
最後のひとつはふたつに割った。
*
“こんなに時が、流れたのにね……、
そう。
こんなに時は、流れたのにね……。”
*
路地に風が吹いていたのは運がよかった。――と、彼は想った。
というのも彼は、しばらくこんな気分になったことがなかったからだ。
少なくとも意識したことはなかったし、意識出来ないことこそ大変なことはなかったのだから。
*
“朝の4時、
目がさめて、
あくびをして、
君の記憶を、
追いかけた。”
*
店を出ると、
自分と同じ名前のチョコバーのふくろが、
路地を転がってやって来た。
大通りに戻るか、
このまま進むか、
迷っているようで、
だけどしまいには、
風に指示を出して、
カサコソと、
大通りへと戻っていった。
*
“こんな人生、
ぶちこわしてしまいたい。
心配かって?
心配なんかじゃない。
どうせいつか、
みんな消えてなくなるんだ。”
*
「キョロ……?」
大通りの方角から、
雨のにおいがした。
そろそろ、
なにかを、
なんとかしたほうが、
いいのかもしれない。
*
“窓辺にもたれて、
行きかう車を、
眺めてる。”
*
彼女の顔を見れば、
自分にだって分かる。
長い付き合いだからね。
*
“よく晴れた日に、
ぼくがだれかを、
きずつけるかも?”
*
ゆっくりと、
いっしゅんだけ、
そっと目を閉じた。
*
“だけど、
きっと、
やさしい陪審員たちは、
だけど、
きっと、
ぼくに同情してくれる。”
*
彼女を駅前まで送って、
そこで、
手をふって別れた。
*
“ああ、
こんなに時が、
流れたのにね……、
ああ、
こんなに時は、
流れたのにね……、
ああ、
どんなに時が、
流れていてもね……。”
*
最初に飲んだお酒と、
最後に食べた落花生が、
甘くて、
苦くて、
夢を見ているような気分で、
ずっと、目がまわっているようだった。
(続く)




