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第四話:グリコとキョロ(その1)

 先週後半はずっと半袖でもすませられる陽気が続いていたし、やっと月も切り替わったこともあって、この調子のまま待ち焦がれた夏へとむかってほしいとみんながそんなことをぼんやり想っていたにもかかわらず、やっとたどり着いた日曜日の朝は、雨こそ降り始めてはいなかったものの、また梅雨のど真ん中へと逆もどりしていた。


 10時開始の映画を観るため四ツ谷フォレスト6のロビーに集まった120名ほどの観客のうち、この映画の本当の――と書くと各方面からのツッコミ&集中砲火が飛んできそうではあるが――こちらが引くぐらいに熱心なファンは、せいぜい17、8人というところであった。


 そんな熱心なファンのうちのある二人組などは、公開後10日以上が過ぎてようやくスケジュールがあったのでもあろうか、


「予告編で出ていた“マルチバース”という言葉をどう捉える?」


「どう捉えるもなにもジェフ――“神秘客”がヴィランだろ?ハッタリだよ?」


「しかし前回、みなで過去へとタイムトラベルした経緯もある。あそこで既にマルチバースの扉は開いていて、そこから別テラの“神秘客”が来たという可能性も――」


 などと、このSNS全盛の時代にあって公式予告編以外は完全シャットダウン状態で本編に臨もうとしている。


 彼らはいまだ知らぬであろうが、同シリーズにおいてマルチバースの扉が開くためにはあと2年と6ヶ月の歳月を待つ必要がある。――あるのだが、しかしてそこで開いた扉のむこう側には、往年のファンならば歓喜と祝福の涙を流さずにはいられない――という言葉では足りないほどの――奇跡と感動が待っているのであった!


 ああ!ネタバレしてやりたい!! (落ち着け)


     *


 で。


 と、まあそれはさておき。


 そんな往年のファンたちからは物理的にも精神的にもほどとおい場所に森永久美子 (24)の姿はあった。


 本日の彼女は、


「え?ちょっと待って?あんた、そのいつもの湾岸署のひとみたいな格好で行くつもり? (注1)」


 という佐倉伊純先輩 (29)の助言?冷やかし?もあって、着せ替え&メイク人形よろしく様々な服&化粧を試させられた結果、


「うん。これなら年相応のおんなの子っぽく見えなくもないこともないわ」


 とのお墨付き?をいただいた格好でこの場に来ている。――ハズであった。


 だってね。


 左右不揃いだった太い眉はキレイに整えられたし、樫山詢子 (27)をして「なんでいつも三国志みたいになってるの?」と言わしめたお団子頭も、トップをふんわりとさせつつ、だけどサイドと襟足はだらしなくならないようにして、どこからどう見ても曹操孟徳にはならないよう手ぐしで自然なこなれ感すらも演出したわけですよ。――伊純さんが。


 でねでね。


 服装だってトップスは優しさを感じられるオートミール色の長袖にしたし、ボトムス (注2)はティアードスカートとスリット入りリブレギンスの組み合わせにしてあげてグリコらしさを失わないようにしつつ、靴やカバンの配色にも注意することで年相応のおんなの子らしさを醸しだしてみたわけですよ。――伊純さんが。


 だからね、


 もうね、


 そういうね、


 伊純姐さん渾身の“アップグレード版グリコ”がね、キャッキャッしたりウフフしたりするデート描写を書けるんだ!……って、この物語の作者も想っていたわけですよ。


 想っていたんですが……、


     *


「うわっ!今日さっむ!!」


 と、冒頭でも述べたような天気の逆戻りもあってですね、結果、そんな“アップグレード版”なグリコは、その上から更にグリーンのモッズパーカーとか黒のビーニーキャップなんかをのせちゃったりしててですね、


「アンタ、それでデートに行ったの?!」


 と後日、伊純師匠を嘆かせることになったりしたのでした。(やれやれ)


     *


 で。


 まあ、これもさておいて。


 そんなこんなな映画館の片すみで森永久美子 (24)は少なからず緊張していた。


 というのも。


 猪熊先生に相談を持ちかけてからかれこれ2週間。


 最初の3日間は『連絡を取るべきか取らざるべきか、それが問題だ』と想っては悩み、


 つぎの3日間は『かたつむり、そろそろ登れ、富士の山』と、例の陸生腹足類と自分を重ね合わせながら勇気をふり絞ろうとして絞れず、


 かくして、やっとスマホのアドレス帳の『え』の列を開こうとした7日目の夕方、


 ブブブッ。


 とばかりに彼からの電話がかかって来たりなんかして――


     *


「……はい、もしもし?……うん。なに?

 え?映画?……あー、最近はもっぱら配信かレンタル……あー、あれもう公開してるんだっけ?

 え?あー、前のシリーズっていっしょに見たんだっけ?……そうそう、ヒロインが冗談みたいに美人でさあ……。

 え?いや、新しいヒロインも好きよ……毒舌が私に似てる?ひどいなあ、私こう見えても“根はいいやつ”でとおってんのよ?

 え?あ、そうね……うーーん。なに?アンタは?観に行きたいの?

 あー、たしかに。ひさびさにおっきなスクリーンも良いかも……そうそう、ポップコーンとか――いやいや、あんたキャラメル味ばっか取るじゃん。

 あー、そっかー、うんうん。それじゃあ前作までも観返しておいたほうが良いかな?

 え?場所?あー、音響とか詳しいことは分かんないけど……それは構わないの?

 あー、じゃあ、……四ツ谷のフォレスト6とかは?……行ったことない?

 あー、じゃあ――、

 え?そこでいいの?……そう?

 あー、なら……いつなら都合合いそう?」


 みたいな感じで、江崎くんと2人きりで会うことになってしまったからなのであった。



(続く)


(注1)

 流石に背広やネクタイはしていないが、ワイシャツ・ジーパン・コンバース (白)にグリーンのモッズパーカーが彼女の定番スタイルである。


(注2)

 ここを『ボトムズ』って読み間違えたひと、私以外にいたりします?

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