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第三話:江崎と森永(その11)

「たっだいまーー」


 と、まるで“新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよー”な“スゲーッ爽やかな”声と笑顔で樫山詢子 (27)は戻って来た。


 が、ここは彼女の自宅マンションではなく街の小さな喫茶店『シグナレス』であって「たっだいまーー」というあいさつは多分に不適切であろうし、嫁入り前のお嬢さん……ではないけれど、三十前の若い女性に、“新しいパンツ云々”という修飾詞を与えるこのお話の作者もどうかしているとは想うのだが――、


 それはさておき。


「なんかすっごくスッキリした!」


 と言う詢子さんの気持ちを皆さまにもご理解いただければ良いなーと想う次第なのである。


     *


「なんかねー、もうねー、いろんなことで悩んでた自分がねー、ほんとねー、本物のバカみたい」と、詢子。「ほんと、江崎くんに相談してよかったわ」


 すると、そんな彼女に席に座るよう促がしながら、


「だから言ったでしょ?」と、佐倉伊純 (29)は応えた。「ほんと、刃傷沙汰になる前でよかったわよ」


「そうそう。そこも江崎くんに諭されたんだけどさあ――やっぱ兄さんみたいな変人の話をまともに受け止めちゃダメなんだなって」


 ――悪かったな、変人で。


「いい子でしょ?江崎くん」


「いい子いい子、スゲーいい子。なーんでグリコもあんないい幼なじみがいること黙ってたかね?」


「そりゃあ――」と、ここで伊純はいったん口を閉じると、声のトーンを少し落としてから、「そう言えばグリコは?いっしょに行ったんでしょ?」と、詢子に訊いた。


 すると、そんな伊純に合わせるように詢子も声を落とすと、「それがあの子、ドタキャンしてさあ」と、答えた。


「ドタキャン?」


「なんか急なアシが入ったとかなんとか」


「それほんと?」


「いやー、猪熊先生のところは次の締め切りまで余裕あるし、ほかの先生もそんな忙しくないハズだし――」


「逃げたのかな?」


「あんな好青年を?」


「なんか変に意識し合ってる感じはあるわよね」


「って言うか、江崎くんのほうはアレ絶対グリコのこと好きなんじゃない?」


「やっぱそう想う?」


「そりゃあ気付くでしょ?」


「あ、そう言えばさあ」


「なに?」


「この前のクリプトナイト (注1)のときも、あの年齢不詳の先生 (注2)が江崎くんに謝ってたのよ、“久美子ちゃん来れなくなっちゃってゴメンね”とかなんとか」


「ほらあ、こりゃもう確定じゃん」


「でさでさ、その時の江崎くんのちょっと困ったような?残念そうな?はにかんだ笑顔がまたキュートでさあ――」


「あー、分かるわあ、あの“残念だけど心配させてはいけない”って感じにほほ笑むのよね。わたしもあれ見て少女マンガスイッチ入っちゃったもの」


「ああ、はいはい。神経質でとっつきにくくて三白眼であんまりイケてないヒロインをけなげにソッと想ってくれている地味めのイケメン」


「しかも幼なじみ」


「話し方もおだやかだしさあ」


「漱吾みたいな下ネタも言わないし」


「兄さんみたいに意味不明でオチのない話を延々とダラッダラダラッダラ数千字もつかって展開させたりもしないしさあ」


 ――だから悪かったって。


「かと想ったらユーモアのセンスもしっかりあるのよ」


「あの銀さんとメガネのモノマネ見た?」


「ああ、もう、あれ最高」


「かと想ったら赤井さんと安室のモノマネもするじゃない?」


「あー、私そっちは見てない」


「あー、もー、あれはいちど見せてもらったほうが良いわよ」


「連れて来ればよかったのに。お昼ぐらいならお姉さんおごるわよ?」


 ――べた褒めですね、お姉さん。


「誘ったんだけどさあ、なーんかウチの男どもと約束があるんだって」


「漱吾やお兄さんと?」


「あと真琴さんも」


「なんの約束?」


「漱吾の卓球チームの助っ人だってさ」


     *


「たっだいまーー」


 と、詢子や伊純の会話から数時間後、まるで“新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよー”な“スゲーッ爽やかな”声と笑顔で三尾漱吾 (31)が店に入って来た。


 が、ここは彼の自宅マンションでもなければ樫山泰仁 (31)の自宅一軒家でも樫山詢子 (27)の自宅マンションでもなく街の小さな喫茶店『シグナレス』であって「たっだいまーー」というあいさつは多分に不適切ではあるのだろうけれど、そんな不適切な三十男のあいさつに、


「あ、漱吾さん。お帰りなさい」


 と、この店のウェイトレス (長身・赤毛)も普通に応えるのだから何をかいわんやである。


     *


「勝ったんですか?卓球」と、彼のいつもの席が空いているかを確かめながらウェイトレスが訊き、


「勝ったも勝った、大勝利」と、漱吾のうしろから樫山泰仁 (31)が言った。


 ――あら?“お兄さん”も一緒なんですね。


 だったらふたり掛けの席を……。


「あの相手チームのおどろいた顔、八千代ちゃんにも見せたかったなあ」と、さらに続けて漱吾が話すと、


「ほんと“信じられないものを見た”って顔してましたもんね」と、樫山のうしろにいた山岸真琴 (28)が興奮した口調で言った。


 ――あ、あの時の花嫁さん (?)もいらっしゃるんですね?


 なら奥のソファのほうが……。


「いやでも、あの江崎くんの動き」と、ふたたび漱吾。「あれは流石の俺でもビックリしたぜ」


「なんとかって映画の窪塚洋介みたいでしたもんね」と、結局いつものソファに座りながら真琴。「“ヒーロー見参!!”って感じで」


「いやあ、僕はあの映画のトム・ハンクスを想い出したね」と、こちらは真琴の横に座りながらの樫山。「あの直立不動の体勢から繰り出される嵐のようなチキータやカーブドライブやナックルブロック……いや、ほんと、胸がドキドキしたよ」


「ドキドキって言えばさ」と、真琴の前のソファに座りながら漱吾。「あっちの女子チーム。みんな目がハートマークになってたぜ」


「そりゃあ、なりますよ。ぼくだってドキドキしましたもん」と、これは真琴。


「そうそう。それでキャーッて言われても照れくさそうにはにかむだけでさ、流石の俺もアレには負けるぜ?」


「って言うかさ」と、ここで声のトーンを落としながら樫山。「僕が女の子だったらぜったい恋に落ちてる」


 キャー!!


 と、キャピキャピする野郎三人だが……なんだか皆さんべた褒めですね。


「だっていい子ですもん。江崎くん」と、真琴が言い、


「ホントホント、スゲーいい子」と、漱吾が続け、


「なんで森永くんもあんないい幼なじみがいること黙ってたかね?」と、樫山が言ったところで漱吾が、


「そりゃあ――」と、ここで何かを言おうとしていったん口を閉じると、声のトーンを少し落としてから、「そう言えば、グリコにドタキャン喰らったって聞いたか?」と、ふたりに訊いた。


 すると、そんな漱吾に合わせるようにふたりも声を落とすと、


「聞いた、聞いた」と、先ずは樫山が言い、


「なんかすごく、かなしそうな目をしてましたよ」と、それに続けて真琴が言った。「もう、ぼく、ちょっと抱きしめてあげたくなりましたもん」


 ――うん。それは詢子さん辺りが欣喜雀躍するから止めておきなさい。


 と、それはさておき。


「あのー」と、すこし困った声で赤毛のウェイトレスが言った。「そろそろご注文を」


「あ、そうか、そうだったね、ゴメン」と、漱吾。


 いえ、まあ良いんですけど……なんか皆さん、推しの話題で盛り上がる女子高生みたいですね。


「ほんと、江崎くんも来ればよかったのにね」


 と、これは樫山だけど、ほんと、推しを追いかけるおばさんみたいですね。


「でもまあ……いそがしいみたいですし」と、こっちはこっちでため息を吐きつつの真琴。「ぼくたちだけだと気をつかうでしょうし――」


 するとここで漱吾が突然、


「あ!」と、まるで頭部の左上あたりに電球を見付けた感じで言った。「それだよ!!」


「それ?」と、ふたりが訊き返し、


 あのー、そろそろほんとにご注文を――、と赤毛のウェイトレスは想った。


「あ、そっか。そうだな。えーっと。俺はオレンジカップケーキと紅茶のセット」


「ぼくはデカフェのカフェラテで――先輩は?」


「あー、じゃあ、僕はローズマリー・ジンジャーティーをお願いします」


 なんかメニューすら女子会っぽいですね。


     *


 ってことで。


「で?なにが“それだよ!”なんだよ?」と、改めて樫山が訊き、


「ああ、そうそう」と、こちらも改めて身を乗り出しながら漱吾は答えた。「グリコと江崎くんがくっ付けば良いんじゃないか?」



(続く)


(注1)

 だからそろそろ名前ぐらいは覚えて下さい。「クリケット」です。


(注2)

 カトリーヌ・ド・猪熊はそれでも永遠の16才だけど、少女漫画家としてのデビューは実は15才の時だったりする (諸説あり)。


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