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第三話:江崎と森永(その8)

 さて。


 B級薄給小説家・樫山泰仁 (31)の朝は早い……ってほどじゃないけど、大体6時30分から7時の間には起床。


 起床後、先ずは同居ネコのフェンチャーチ (二代目、メス、1才6ヶ月)の居場所を確認し、彼女にあいさつを送る。


「おはよう、フェンチャーチ」


「にゃおーん (訳:われ思う故に我あり)」


 その後、風呂場に向かうとシャワーを浴び、ひげを剃り、着換えをし、作り置きのパンケーキ (炊飯器で焼くとムラなくフワフワしっとりになるのでおススメ)を冷蔵庫から出していると愛ネコがすり寄って来るので、彼女の食事も用意してから、いっしょに朝食。


「おいしいね、フェンチャーチ」


「にゃーん (訳:ゆく河の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず)」


 その後、某国国営放送のニュースにひとしきり悪態――もとい、個人的見解を述べてから洗濯機をまわし、2階にある書斎 (その1)へと移動。


 書棚から適当なマンガか小説を取り出してボケ―ッと、なーんも考えずに、ケラケラーッと笑いながら読んでいると始業時間の8時45分になるので (注1)、そこでパソコンを立ち上げ、午前の執筆を開始。


 途中、10時15分から10分間の小休憩をはさみながら、


 カチャカチャカチャカチャ、


 カチャカチャカチャカチャ、


 とパソコンを叩いていると昼休みの時間 (12時45分~13時45分)になるので (注2)、これまた作り置きしておいたおにぎり (月曜日は梅干し)とサバ缶 (大安売品)で昼食。


 それからフェンチャーチのご機嫌を取りつつ洗濯ものを干し、1階にある書斎 (その2)へと移動。


「今日もカワイイね、フェンチャーチ」


「にゃおん (訳:常に親切でいることである。何故ならアナタが会うすべての人は、みな厳しい戦いを強いられているのだから)」


 それから某大手ニュースサイトのニュースに罵詈雑言――もとい、個人的見解を書き込みたくなる衝動をおさえつつ、各社編集部からの督促&校正メールにひとしきり心を痛めたあと、午後の執筆を開始。


 途中、15時15分から15分間の小休憩をはさみながら、


 カチャカチャカチャカチャ、


 カチャカチャカチャカチャ、


 カチャカチャカチャカチャ、


 カチャカチャカチャカチャ、


 と、パソコンを叩いたり資料を調べたり知り合い (注3)に意見を聞いたりしていると終業時間の17時15分になるので (注4)、パソコンを閉じ、フェンチャーチの頭をなでてから、近所のスーパー『スーパー・タイガース』まで買い物に出かける。


「じゃあ、ちょっと行って来るね、フェンチャーチ」


「にゃー (訳:明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学びなさい)」


 それから、昨今の物価高騰と消費増税に対する個人的見解を声高に叫ぶ――みたいなことは気弱な彼には出来ないので、代わりに軽いため息をつくことで現在の政治を批判しつつも、『本日の特売品!!』コーナーでブリのアラやらトリのハツやら詰め放題のジャガイモ玉ねぎやらをゲット。


『やっぱり、持つべきものは近所の格安スーパーだよなあ』


 と、ホクホクとした顔で、同スーパー特製の揚げたてコロッケ (68円)をほお張りながら愛ネコの待つ家へと帰宅し――、


     *


「ごめん、兄さん。この話まだ続くの?」


「え?あー、もうすぐ終わるよ。もう夜だしね」


     *


 帰宅後、ラジオの短波放送か某大手動画サイトにアップされている上方落語を聞きながら――、


 ①夕食の準備。


 ②フェンチャーチへのエサやり。


 ③お風呂の掃除・お湯張り。


 ④洗濯ものの取り込み。


 ……といったところで、


『お風呂が沸きました』


 ……と、湯沸かし器が報せてくれるので、


 ⑤お風呂。


 ⑥風呂上がりの運動 (投球フォームの確認またはクリケットバットの素振り)。


 ⑦夕食。


 ⑧録りだめしているドラマかアニメの視聴。


 ⑨SNSチェック。


 ⑩歯磨き。


 ……と、そんな感じにダラダラ過ごしていると就寝時間の0時30分になるので (注5)、


 ⑪就寝。


「おやすみ、フェンチャーチ」


「にゃあーん (訳:人は皆、現実と少しだけ違った現実を夢見ている)」


     *


「な?すぐ終わっただろ?」と、ここでようやく樫山が言ったので、


「は?」と、妹の樫山詢子 (27)は返した。「――で?」


「“で?”って?」


「“産みの苦しみ”の話は?」


「うん?……あー、だから、いまのが僕の“産みの苦しみ”についてのお話」と、少々困惑気味に樫山が言い、


「え?」と、こちらはさらに困惑した様子で詢子が返した。「――どこが?」


「え?いや、だから、小説を書くときの“産みの苦しみ”の話だよな?」


「そう?……ね?うん。そうね」


「それってつまりは、“どのように小説を生み出すか?”って苦労の話だよな?――それにまつわる苦労とか工夫とか」


「うん?……ま、まあ、そう?……うん。まあ、そうね」


「だから僕の場合は、いま話したような苦労?工夫?をしてるって話だよな」


「…………はあ?」


「あれ?えーっと……分からないか?」


「…………うん」


「だからさ……小説を書くには、毎日の日常のなかに“小説を書く”って部分をきちんと入れ込まないといけないだろ?」


「あー、う……ん?……うん???」


「だけどさ、毎日キチンと小説を書こうと想っても、天気の良い日ばかりじゃないしさ、雨の日もあれば、風の日もあるし、夏の暑い日、冬の寒い日、身体の調子の悪い日、気分のあんまり優れない日もあれば、確定申告なんて無間地獄のような難行 (注6)に立ち向かわなければならない日もあるわけじゃん?」


「まあ、あー、そ……うね?……うん???」


「で、そういうことが続くと、どうしても小説を書くのがおっくうになったり、いきおい筆を折りたくなるときもあるじゃないか」


「うん。…………ううん???」


「で、そういう“産みの苦しみ”を軽減するためにも、僕は日々のルーティンをしっかり守ろうとしてるってことさ」


     *


 シバシバシバシバ、

 シバシバシバシバシバァッ!!


 と、ガランとした編集部内に本田文代 (54)の朱書きをいれる音が響きわたり、


「あ、そう言えば坪井さあ――」と、想い出したように彼女は言った。「アンタ、樫山先生がアイディア出しとかで悩んでるのみたことある?」


 ちなみに。


 いま彼女が流れる血よりも赤い真っ赤にしているのは、その樫山が本日提出して来たばかりの読み切り短編である。


 すると、この上司の質問に、訊かれた坪井東子 (30)は、こちらはこちらで――、


 ザクザクザクザク、

 ザクザクザクザクザクゥ!!


 っとばかりに、樫山が書いて来た長編連載の余分なパート (注7)をカットしながら、


「いいえ、全然」と答えた。「正直、“産みの苦しみ”とか分からないんじゃないですかね?」



(続く)


(注1)

 もちろんこれは、彼が彼ひとりで勝手に決めた始業時間であって、守っても守らなくても別に誰も困らないのだが、ついつい守ってしまうのが樫山泰仁という男らしい。


(注2)

 (注1)に同じ。


(注3)

 以前の担当編集から大学時代の恩師、取材先で出会った金髪のタイムトラベラーなど、彼の交友関係は意味不明かつ広範囲へと及ぶ。…………タイムトラベラー?


(注4)

 だから、(注1)とか (注2)とかと同じだってば。


(注5)

 だーかーらー (*後略)


(注6)

 天使「え?じゃあ君たちが考え出したわけではないのか?」

 悪魔「あんなもん、俺たち善良な悪魔には想いもつかねえよ」

 天使「そうか……わたしはてっきり君あたりが提案した制度かと想っていた」

 悪魔「この世のすべての悪いことは、大概人間が作り出したものなんだよ」


(注7)

 この時の原稿にも、彼は懲りずに、インドにおけるクリケットの伝播並びに創世期の伝説的プレイヤーについての長々とした講釈を、東インド会社との関連も織り込みながら、ぶち込んで来ていたが、そんなもの誰も望んじゃいないよ、樫山先生。


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