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第三話:江崎と森永(その7)

 さて。


 樫山泰仁 (31)は超売れっ子……からはほど遠い“商売繁盛、酒は飲めない、貧乏ひまなし、チョコ持って来い”的貧乏小説家である。 (ランク的には中の下のブービー賞あたり)


 であるが、“貧乏暇なし”と右にも書いたとおり、彼は現在、月4本&週1本の小説連載、それに隔週1本のラジオドラマのシナリオ (別名義)を手がけており、それに加えて「頼まれたら断れないんだ」との理由で単発のエッセイやら書評やらを“来るもの拒まず”で請け負っていたりする。


 で、しかも彼は、これらのお仕事のスケジューリングを、マネージャー的なひとも付けなければグー○ルなんとか的な便利なソフトも使わず、A5サイズの大学ノートと近所の書店から「今年も余っちゃってさあ」的理由でもらった昔ながらの紙のカレンダー (六曜入り)のみを利用して管理していたりするのである。


     *


「しかし先生はホント、締め切りだけは守られますよね」と、ある日ある時ある年配の編集者が樫山に訊いた。「――どうやって管理されてるんですか?」


 もちろん。


 この老編集者に他意はなく、これはただただ他の作家――それは例えば、

 ①締切が近付くと身内の不幸が湧いて出て来るR先生や、

 ②こちらが締切日を伝えるよりも先に“本当の締切日”に関する情報を入手してくるJ先生、

 ③締切当日、こちらがトイレ (小)に立った隙に失踪したМ先生 (大森海岸で捕獲)

 等などのことを言うのだが――に、この“締め切りだけは守る”樫山泰仁 (31)のスケジュール管理術を横展開したかっただけなのである。


 であったのでもちろん、訊かれたほうの樫山も樫山で――“だけ”の部分への引っかかりはさておき――しばらく考えてみはしたのだが、そこはそれ、なんと言うか、彼的には特にこれと言った管理術をもっているわけでもなかったので、


「あ、いや、これと言って特別なことはしていませんよ?」と、正直に返すだけにとどまった。「まあ、仕事だからですかねえ」


     *


「あのさ――」


 と、そんな兄の話を途中まで聞いたところで樫山詢子 (27)は口をはさんだ。


「小説のほうはよく分からないんだけど、月4・週1プラスαってのは多いんじゃないの?」


「うーん?どうだろう?」と樫山。「でも、それぐらい書かないと食ってけないし」


「そうなの?」


「うーん?ここ何年も家計簿付けてないから分かんないけど、多分」


「それで全部の締め切りに間に合ってんの?」


「一応。ギリギリのときもあるけど」


「はあ」


「でもあれだよ?月4本のうち3本は開始前の取材をしっかりさせてくれたから、後は書くだけって言うか――」


「取材って、兄さんの小説って宇宙とか未来とかのSFばかりじゃない」


「でもほら、史料を調べたりそれぞれの場所の位置関係とか雰囲気とかを調べたり――」


「図書館に行ったり専門のひとに聞いたりってこと?」


「あー、まー、そうだなあ――あ、ほら、何年か前は取材旅行を兼ねてカンヅメにされたこともあったじゃない」


「ああ、フェンちゃん預かったわね」


「そうそう。あの時」


「ふーん?まあいいけどさ、要は準備が整ってから書き始めてるってことなんでしょうけど、それでも多いんじゃないの?」


「あー、同期のヤツから心配されたことはあったかな?」


「同期って?」


「紺野さんとか武夫くんとか」


「あのふたりが心配するってことは多いんじゃない?ふたりとも締め切り前にはツイッターで叫んでるわよ?」


「あー、そう言われればそうかもなあ」


「徹夜とかは?」


「年も年だし。出来ないんだな、これが」


「はあ」


 そう言われてみれば、いっしょに暮らしていた頃から兄が徹夜――というか夜更かしをしているとこも見たことがない。


「炊事洗濯キチンとしてるのよね?」


「うん。食事は基本自炊だしね」


「はあ」


 そう言われてみれば、むかしから料理も得意だったわね。


「ま、たまにはこうやってお呼ばれすることもあるけど」


 と、ここで樫山は、手にしたコールスローを箸でつまみひと口食べると、


「あ、伊純くん、これワインビネガー入れてる?」


 と、台所にいる佐倉伊純シェフ (29)に向かって訊いた。


 すると、


「あ、よく分かりましたね」と、うれしそうに伊純。「他にも隠し味入れたんですけど分かりますか?」


「なんだろう?砂糖かハチミツ……じゃないんだよね?」


「残念。コンデンスミルクを入れてみたんです」


「あー、この甘味はそれかあ、――あとでレシピ教えてよ」


「いいですよー、いやあ、やっぱお兄さんがいると作り甲斐がありますね」


 そう言えばこのひと、男のひとり暮らしのくせに片栗粉も豆板醤も家に揃えてましたね。(注1)


 ――と、それはさておき。


「ああ、待って待って」


 と、それてしまいそうな話を元に戻しながら詢子。


「じゃあ兄さんは、徹夜もせず、炊事洗濯もしっかりして、それで紺野さんたちが心配しそうな量の仕事をこなしてるってこと?」


 すると、この問いに対して樫山は、口のなかのコールスローを手元の炭酸水 (梅テイスト)で流し込むと、


「まあ……そうだな」


 と答えた。


「だって仕方ないだろ?ひとり暮らしだし、“貧乏ひまなし”だし――あ、もちろん炊事洗濯だけじゃなく掃除もキチンとやってるぞ?おまえの部屋だって月に一度は窓を開けて軽く掃除機を――」


「いやいや、いやいや、いやいや」


 と、樫山の口をふさぎながら詢子。


 ――やっぱりなんだか話が逸れてない?


「私がさっき訊いたのは「兄さんの言ってる“産みの苦しみ”ってどんななの?」だったわよね?」



(続く)


(注1)

 第二話“その8”を確認のこと。本編には出て来ていないが、彼の自宅冷蔵庫には豆板醤以外にも甜麺醤、豆鼓醤、コチュジャン、ナンプラーなども取り揃えられていたりするが、ほんと、どうかと想う。


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