第三話:江崎と森永(その5)
「いやよそんなの、バッカじゃないの?」
と、アンチョビたっぷりイタリアン・ピザを切り分けながら樫山詢子 (27)は言った。
「そもそも組んだ予定どおりに行かないからみんな困ってんじゃない」
すると、そんな取り付く島もなさそうな彼女の態度に佐倉伊純 (29)は、
「でもだからって毎回毎回修羅場ってるわけにもいかないでしょ?」
と、付け合わせのコールスローを仕上げながら言った。
「毎度毎度グリコが助けてくれるってわけでもないんだからさ」
*
ということで。
こちらはいつもの詢子さんのいつものマンションであるが、今夜の食事は、
「賞味期限切れの強力粉を見つけてしまった……」
と言う佐倉シェフ特製のお手製ピザである。
であるけれど、――賞味期限切れてても大丈夫なんですか?
「ぜーんぜん大丈夫よ。ちょっと膨らみにくくなるからアメリカンってわけにはいかないけど」
ああ、分厚いですもんね、アメリカン。
「具材も多くなるしね。ピザトースト食べてる感じになって私的にはちょっと苦手なのよね」
ああ、僕も薄い生地にシンプルな具材が乗ってるほうが好きですね。はしっこがちょっとコゲてたりして。
「あら、趣味合いそうですね。よかったら食べに来ます?」
いやいや、千駄ヶ谷はけっこう遠くて、明日あたり自分で焼きますよ。
「そう?じゃあ、あとでレシピをメールしましょうか?」
あ、助かります。たしかトマト缶があったんで――、
「だったらツナ缶とトマト缶で簡単に出来るピザソースがあるんで――って、本編進めなくて良いんですか?」
え?……あ?ああ、そうそう。そうですね。
……えーっと、どこまで行ったんだっけ?
*
すると、この伊純のセリフに詢子は、
「それはそうだけど、スケ管なんてさ、他のひとに頼るもんでもないんじゃない?」
と、答えた。
――うん。多分、これで話はつながる。
*
「でもさあ、詢子ちゃん」
と、ここで三尾漱吾 (31)が、切り分けられたピザを自分の皿に移しながら、
「俺もサラリーマンやってるから分かるんだけどさ、管理は管理が得意なひとにやってもらったほうが絶対いいって」
と、横から会話に入って来た。
来たのだけれども、――ちょって待って漱吾君。きみサラリーマンやってたの?
「なんだよ? その“はてなマーク”は?」
僕はてっきりフリーターかなにかだと思ってた。
「おいおい、こう見えても朝の9時から夜の18時までキチンと働く会社員だぜ?」
……仕事なにやってんの?
「あー、説明が難しいけど廃棄物処理とか再生エネルギーとかそっち関係」
……マジで?
「あー、だから月に一度ぐらいの割合で霞ヶ関のほうに行くこともあるよ?」
……マジで?!
「だからなんだよ、その“はてなマーク”と“びっくりマーク”は?」
マジで疑問で驚いてるんだけど……へー、会社どこなの?
「あー、東京本社は九段下だけど、俺たちの事務所は四谷三丁目」
すぐそこじゃん。
「ああ、だからそれで選んだんだよ、いざとなれば歩いてでも行けるし」
はあ……スーツ着て電車とか乗ってんだ?
「いや、スーツは事務所に置きっぱなしで、行きかえりは自転車」
はあ……あの白のママチャリ?
「そうそう。樫山のお母さんからもらった――って、あんた本編進めなくても良いのかよ?」
え?……あ?ああ、そうそう。そうだった、そうだった。
あまりの衝撃に忘れかけてたよ……って、えーっと、どこまで進めてたんだっけ?
*
と、いうことで。
えーっと――、
「管理するひとの能力次第でぜんぜん違って来るもんだぜ」と、漱吾は言った。「俺を見てみろよ」
……うん。この辺からで良いかな?
*
「漱吾を見てどうすんのよ?」
と、詢子が言い、
「こんな俺でも会社勤めが出来てんのは、上司が有能だからだぜ?」
と、彼は答えた。
――あ、その辺の自己評価はちゃんと出来てるのね。
「いまの部長に代わってからほんとよくなったもん、いまの職場」
「たしかにそういうのはあるかもね」
と、こちらは援護射撃的に伊純。
「前に床園ホテルで働いてたときは、チームのリーダーによってぜんぜん効率が違ってたもん」
と、ここで更に、そんな漱吾や伊純に合わせる形で山岸真琴 (28)が、
「そうそう。クリケットでもそういうことありますもん」
と、コールスローを受け取りながら話に割り込んで来た。
「かつて世界最高峰とまで謳われた男子クリケットのオーストラリアチームもある時期スミスとワーナーのボール細工事件に代表されるような不正と堕落に支配されていたこともあったのですが、そこに新たな指導者であるジャスティン・リー・ランガーが現れたことにより、彼らはふたたび神聖・崇高なるクリケット魂とでもいうものを取り戻し、その気高き魂に背かぬよう、自分たちの人格や信頼、高潔さというものを改めて磨き、そうしてその甲斐あって、奪われていたタイトルをふたたび世界の舞台で取り返すことが出来たのです。
で、では何故ジャスティン・リー・ランガー――いや、ここは敢えてランガー師と呼ばさせて頂きますが――が現れたことにより彼ら男子オーストラリアチームが復活を遂げられたのかというと、それは多分にクリケット創成期のイギリスにまでさかのぼ――」
*
「ねえ」
と、ここで突然、向学館文芸部部長・本田文代 (54)は言った。
「ここの真琴くんのセリフ400字詰め12枚分もあるんだけど?」
すると、そんな彼女の横で樫山泰仁 (31)の誤字脱字チェックを行っていた坪井東子 (30)は、
「ええ、はいはい。それはもうもう、十分理解しております」
と、まさに“我が意を得たり”といった声で返した。
ここは某国某都某区某向学館某文芸部の某オフィスであり、彼女らふたりを含む編集部員たちは編集作業の真っ最中であり、
(中略)
なのでそのため、この後、山岸真琴の口をとおして語られたクリケット男子オーストラリアチームの栄光と挫折、そして堕落からのタイトル奪還の物語については、
「なので、この後サクッとカットします」
との坪井のひと声とともにサクッとザクっとキッとカットされることになったのである。
――いつか見てろよ。
(続く)




