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第三話:江崎と森永(その3)

「でも、だからと言って“キョロ”に先輩のスケ管させるってワケにもいかないんじゃないですか?」


 と、カフェイン補給用のエスプレッソ (3杯目)をすすりながら、改めて森永久美子 (24)は訊いた。


「だってアイツ、フルタイムで働いているんでしょ?」


 すると、先ずは佐倉伊純 (29)が、


「それがさ、やり方次第ではけっこう融通の効く仕事らしくて――」


 と、樫山泰仁 (31)を押しのけながら答えた。


「本業のかたわら色んなひとのスケジュール管理や業務改善の相談に乗ってたりするんですって」


     *


 そうなのである。


 我々のような、ことスケジュール管理においてはいつかゼウスの雷撃を喰らうであろう物書き連中には理解し難いことではあるかも知れないが、件の“キョロ”こと江崎曽良 (24)くんにとって、その天賦・天性の『ムダ・ムラ・ムリ改善能力 (注1)』『スケジュール管理能力』のようなものは、まったく全然これっぽっちも特殊な能力のように想えていないらしく、


     *


「あ、遠藤さん。腰の調子ってよくなりました?」


「おお、江崎くんに言われたとおり作業台の位置を変えたらスッカリ良くなったよ」


     *


 みたいな感じに能力を使っては、


“身近なひとにはよろこばれるけど、上司や同僚からのプレッシャーや横やりはない”


 という、なかなかに羨ましいポジションに身を置くことを最善策とし、しかもそのポジションを実際に獲得したりしているらしいのである。


     *


「だから、社外のひとの相談に乗っても――お金も取ってないらしいし――会社のひとからは特に何も言われないんですって」


 と、伊純は続けるが――ってか、それはマジで羨ましいな。


 すると今度は三尾漱吾 (31)が、


「もちろん、そういうのは休み時間や仕事の行きかえりの時間を利用してやってるそうで――」


 と、伊純を押しのけながら言った。


「だれにも迷惑はかけてないし、自分もぜんっぜん負担がないんだってさ」


 ――なにそれ?天使かなにかなの?


「でも、そんなの普通は――」


 と、ここでグリコは一瞬、脊椎反射的にその話を否定しようとしたのだが――、


『たしかにアイツ、要領だけはむかしからやたら良かったんですよね。

 ――成績も可もなく不可もなくって感じだったし。

 学校の先生とかご近所のおじさん・おばさん連中の受けもかなり良かったですし。

 ――女の子受けはそうでもなかったですけど。

 ――あ、一時期ホモのうわさもあって、別の意味で受けてはいましたけど。

 あ、でも、私のとこに教科書やノートはよく借りに来てたよなあ。

 ――って言っても、それもパラパラッと見て覚えて帰っていたような気も……、

 いや待てよ?アレで覚えてあの成績だったってことだったとしたらひょっとして――』


 みたいなことも、0.32秒ほどの遅れをもって考えたので――、


「たしかにアイツなら、ひょっとしたらそういうこともあるかも知れないですね――」


 と、即座の否定的回答は一旦保留とすることにした。


 すると、この彼女の言葉に――というか否定的回答の保留に我が意を得たりとでも想ったのだろうか樫山・伊純・漱吾・山岸の四名は、


「だったらさ」


 と、計ったかのようなタイミングで同時に言った。


「江崎くんと連絡とってくれない?」


     *


 ということで。


 トレース台のうえに置いたスマートフォンを前に森永久美子 (24)は悩んでいた。


 というのも。


 音信不通になってから約二年、ちょっと気まずい返答を保留にしたままそろそろ四年ほどになる幼なじみに、突然の連絡を取らなければならなくなってしまっていたからである。


『だけどまあ、わたしの仕事はアイツに先輩を紹介するだけですし、あれからすでに四年もたっているわけですし、あっちもあれから色々あったでしょうし、まさかいきなり返答を求められるってこともないでしょうし、この電話をきっかけに友だち付き合い――幼なじみ付きあい?――が再開するってこともないでしょうし――、

 ああ、メンドクサイ。

 と言うか、うちのおばあちゃんはいまもあちらのお母さんと仲良いらしいですし――この前もなんか千葉まで一緒にいちご狩りに行ったって写真がインスタに上がってたし。

 ってか、ならいっそのことおばあちゃんに頼んで……って、いや、それはかえって面倒なことになるような気がするし――、

 ああ、ほんとメンドクサイ。

 と言うか、お兄さんたちもあのバカとそんだけ話し込んでおいて連絡先のひとつも交換してないってのが抜けているというか何と言うか――、』


 と。


 ここでいつもの彼女ならば、


 ①今回のこの話の流れに妙な違和感を感じ、


 ②そこから推論を展開、


 ③喫茶店で見た樫山以下四名の変なテンションを基に論理的な仮説を導き出す。


 ――みたいなことも出来たのであろうが、きっとずっと保留にしたままの“気まずい返答”とやらが彼女の灰色だかドドメ色だかの脳細胞の回転を遅くしたりなんかしたのだろう、


『ま、ちょっとだけ話して、用件を伝えるだけ伝えて、サッと切ってしまえばいいですよね』


 と、まるで彼女らしからぬ安易な結論へとたどり着いてしまったようなのであった。



(続く)


(注1)別に愛知県出身でもなければ某大手自動車メーカーの手先でもなく、ただただ天賦の才があったようである。


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