第三話:江崎と森永(その2)
「じゃあ、皆さん“キョロ”に会ったんですか?」
と、三白眼のうえの太い眉をひそめながら森永久美子 (24)が訊くと、
「そうなんだよ!」
と、先ずはすこし興奮気味の樫山泰仁 (31)が応え、
「最初は“打ちにくいボウラーだな”ぐらいいに想ってたんですけどね!」
と、こちらも少々興奮気味の山岸真琴 (28)が続け、
「いやあ、あのサウスポーはなかなか打てないだろうなってのは俺でも分かるぜ」
と、神聖・崇高なるクリケットを“野球もどき”と言ってくれちゃってた三尾漱吾 (31)も続けると、最後に、
「でもでも打ってもすごかったのよ?! 走る姿も“クイックシルバー”みたいだったし!!」
と、神聖・崇高なるクリケットのルールをまったくひとつも理解しないままの佐倉伊純 (29)が言った。
――と言うか伊純さん、マーベル派だったんですね。
「なんであんな幼なじみがいるっていままで言わなかったのよ?!」
*
ということで。
ここはいつもの喫茶店、いつもの『シグナレス』の、いつものソファであり、結局3ウィケット残して負けた (注1)樫山たちが反省会と称して流れこんで来たところのようであるが――、
そんでもって。
そんないつもの『シグナレス』のいつものソファには、
いつものとおりの適当なスケジュール管理で、
いつものとおりに死にかけていた、
いつものとおりのBL漫画家・樫山詢子 (27)と、
そんな詢子をいつものとおりのクールなアシで、
いつものとおりに救い出した、
いつものとおりのグリコこと森永久美子 (24)が、
いつものとおりの締め切り&仮眠明けの糖分&カフェイン補給に訪れていたところでもあった。
――それにしても毎度毎度よく間に合いますね?詢子さん?>締め切り
「流石にこんどは死ぬかと想った」
と、毎度毎度おなじことを言っては、毎度毎度反省のはの字もないまま詢子が言い、
「先輩はスケ管がガバガバですからね」
と、毎度毎度おなじことを言っても毎度毎度聞き流されちゃうんだろうなあ――と想いながらもグリコが返した。
「どこかに優秀なマネージャーか編集者でもいれば良いんですけど」
――どうせ私が言っても聞いてくれないですし。
すると、このグリコの言葉にピンッというかビビッとでも来たのだろうか樫山が、
「だったらそれこそ、江崎くんが良いんじゃないか?」
と、突発的に言った
「は?」と、グリコ。「“キョロ”がですか?」
「うんうん」
「アイツ、いまなにやってるんです?」
*
ということで。
江崎曽良 (24)は、この物語の登場人物にしては大変めずらしく、大変に仕事の出来る、大変に気持ちのよい大変に好青年な青年であった。
彼の仕事はとある大手環境機械メーカーの下請け工場の――っていまは言わないほうが良いんだっけ?えーっと…………“協力会社の工場の”生産管理業務なのだが、新卒一年目、なぜか振られたとあるプロジェクトで彼は、その環境機械の生産ラインの効率を1.42倍にまでアップさせてしまうというワケの分からないことをやってしまった。
が、しかし、実はこの時いちばんワケが分からなくなっていたのは当の江崎くん本人だったりなんかして、彼は効率の上がった生産ラインを見た上層部の方々が、
「きみはいったい、なにをどうやったんだね?」
と、一様に眉をひそめて訊いて来る様子を見るにつけ、
『なんで皆さん、このラインのムダがみえないんですか?』
と、その度ごとに困惑していたのだが、
と、同時に、
『――みたいなことは口に出さないほうが我が身のためなんですよね』
みたいなこともチャッカリしっかり想っちゃったりもしたりしたし、
また、
『――あと急激な効率アップは変な仕事を増やすことになるのかも知れない』
と、まるで苦労人のエンジニアが定年間近に気付くようなことをその数ヶ月で学んじゃったりなんかもして、
であるからして彼は、出来るかぎり口数を少なくしつつ、また一気にラインの効率を上げるようなことも避け、
ただただ、
「なんか、江崎くんが来てから仕事がやり易くなったよなあ――」
と、現場で腰痛に悩む職人さんあたりから感謝される程度にはラインの効率をアップすることだけは続けているようなのであった。
『まあ、現場のひとが動きやすくなれば、あとは勝手に効率化されていくでしょうしね』
(続く)
(注1)
これはつまり、後攻であった猪熊先生のチームが『打者3人を残して逆転勝利を収めた』という意味である。




