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第二話:妊婦と妻と元恋人(その14)

「いいかい?! あんたら!!」


 と、院内どころか向こう三軒両隣りに響きわたるほどの大音声で美山円花 (**)は叫んだ。


「この診察室に入ったんだったら! あとは静かにしておくれよ!!」


 すると、窓のそとからはニャーゴ!とかフニャーゴ!!とかいった近所のノラネコたちの警戒鳴きが聞こえて来たのだが、


「ただでさえ定員オーバーなのにさあ!!」


 と、そんなネコのたわ言などは意にも介さない様子で円花は続ける。


「あんたら! うるさいんだから!!」


 と、ここまで言って (叫んで?)彼女は、改めて検診の準備に戻っていったのだが、そんな彼女の警告?忠告?叱咤激励???を受けたひとりの妊婦とその妻と元恋人は、それぞれがそれぞれのからだを1/3ずつ恐縮させると、


「ほら、怒られた」と、先ずは百合子がつぶやき、


「百合子さんのせいですよ?」と、真琴がそれに反論し、


「ちょっと二人とも止めてよ」と、あきらが言いかけたところで――、


「あー、もー、うるさいねえ!!」


 とふたたび、院内どころか町内全域に響きわたるほどの大音声で円花が叫んだ。


「今日はパートの佐山さんがお休みであたし一人でやってんの! すこしは気を使いなさいよ!!」


 ――佐山さんがいないと、この機械の使いかたもよく分からないんだからさ。


 すると、この“強い想いと優しい気持ち、それにスパルタチックな妊婦教育で一目置かれる”ベテラン助産師の悲痛な訴えを受けたひとりの妊婦とその妻と元恋人は、それぞれがそれぞれのからだを更に1/2ずつ恐縮させると、


「アンタのせいだからね――」と、“これなら絶対聞こえないだろう”的弱音で百合子がささやき、


「聞こえてますよ――」と、こちらも死にかけの蚊が鳴くような声で真琴がささやき返し、


「だから二人とも――」と、あきらがふたりを止めようとしたところで――、


「あー、もー!!」


 と、最新式3Dエコーの複雑さとバカなトリオの三人組の三バカさ加減に業を煮やした美山円花 (**)は、三度の大音声を発しようとした。


 が、その時――、


 トクン。


 という、小さな音が室内にひびいた。


「あー、使いかたはあってたようだね」


 トクン……トクン。


「うん。……元気そうな子だ」


 トクン……トクン……トクン。


「ちょっと元気過ぎるよう気もするけど――」


 トクン……トクン……トクン……トクン。


「ま、あんたら三人の子なら、おかしかないか」


     *


「なんか、いい匂いしますね」と、ふたたび強まって来た雨にカサを上げながら山岸真琴 (28)が言い、


 そんな境内のアジサイたちもふたたび強まった雨にお辞儀をはじめているように見えた。


 すると、そんな彼女らに合わせるつもりもないのだろうが樫山詢子 (27)は、


「ああ、」と言って下を向くと、「画材を買いに◇◇通りまで出たんですけどね」と、手にした買い物袋を開いて見せた。「そしたら伊純に買って来るよう言われたんですよ」


「ハンバーガー?」と、詢子の傘のうえに自分の傘を重ねながら真琴。


「なんか漱吾が言ってたらしくて、そしたら自分も食べたくなったんですって」


「◇◇通りの△△バーガー?」


「そうそう――」


 と、ここで詢子は、彼との距離のちかさに自らおどろいたのだろうか、すこしハッとすると、その左の足をソッと後ろに下げようとした。


 が、しかしふと見た彼の目に、その薄紅色の目のふちに、雨か何かの痕ででも見付けたのだろうかその人は、下げかけた足をそっと元に戻すと――、


「あの、」と、彼の耳もとにある小さなほくろに視線を移しながら言った。


「はい?」


「よかったら、うちでいっしょに食べません?」


「え?」


「ハンバーガー」


「……いいんですか?」


「なんか漱吾が勘付いたらしくて、“多めに買って来て”ってお願いメールが――」


 プッ。


 と、とつぜん真琴が笑った。


「“勘付いた”ってなんですか?」


 壁が壊れた――ような気がした。


「アイツ、そーゆーところあるんですよ」


 アジサイたちが揺れているのが見えた。


「伊純さんが伝えたとかじゃなくて?」


「気付くんです。勘付くんです。漱吾って男は」


「それもう、勘が良いとか通り越して、超能力ですよね?」


「でも、おかげで――」


 ――こんな風に笑うひとなんですね。


「はい?」


 ――きっと、雨が痕を残しただけなのだろう。


「あ、ほら、だから、だいぶ多めに買っちゃったから真琴さんの分もありますし――」


 そう言うと詢子は、相手に気を遣わせてしまわないよう、十二分に自分を律しながら、口元にだけほほ笑みをたたえると、


「ハンバーガーとか、大丈夫ですか?」


 と、彼に訊ねた。


 すると、このほほ笑みに真琴は、


「あ、いえ――」


 と、そんな彼女のほほ笑みに気付かないふりをしつつ、それでも、“あのひと”との想い出にもそっとやさしくふれながら、


「ぜんぜん、大好きですよ」


 と言って応えた。



(続く?)



 ……、



 …………、



 ………………、



 ……………………カチャ。



「ねえねえ、グリコ。つぎはわたしね。わたしにも写真見せて」


「いいですけど、伊純さん。これ、どこにいるか分かりませんよ?」


「あ、それ僕も想った。――山岸、森永くんに教えてあげて」


「先輩にはさっき教えたでしょ?」


「ごめん。分かったふりしてたけど結局分かってないんだ」


「まったく――ほら、ここです。この黒くなってる部分のここ、すこしボヤってなってるでしょ?」


「…………こっちのボヤってなってるのとはちがうんですか?」


「それは…………あれ?……いやいや、あってます、あってます。こっちのボヤっとであってます」


「ねー、だからー、わたしにも見せてって」


「はいはい。あ、伊純さん、ハンバーガーのお代わり取ってもらえます?」


「なんでも良い?」


「あるならチーズバーガーを」


「グリコも“やせの大食い”よね――はい。チーズバーガー」


「はい、じゃあ写真です」


「きゃー、カワ…………ごめん。真琴くん、どれが赤ちゃんだって?」


「ですから…………ほら、このモヤッとしてる部分」


「あー、カーワーイー…………」


「分からないんですね?」


「いやいや…………えーっと、男の子とか女の子とかはまだ分からないんだっけ?」


「ええ、だいたい14~15週目ぐらいだそうです」


「いまは?」


「6週目だそうです」


「じゃあ、8月の中ごろには分かる感じ?」


「えーっと…………それぐらいですかね?」


「シシトウが見えてくるワケね?」


「男の子ならですね」


「真琴くん的にはどっちがいいとかってあるの?」


「いや、ぼくの方は特には――」


「奥さん?っていうか、お母さんたち?っていうか、あちらのおふたりは?」


「いやそれこそ、元気に生まれてさえくれれば――って、あのひとたちなら言うんでしょうね」


「“母は強し”じゃなかった、“母たちは強し”ね」


「ほんと、強過ぎますよね…………」


「うっうっう……」


「ちょっとなによ、漱吾?あんた泣いてんの?」


「うっうっ、うるさい、伊純。…………お、おれは、べつに泣いてなんか……あ、あーー」


「ちょっと漱吾さん。どうしたんですか?急に?」


「ま、真琴……真琴が……、おまえが、おまえも、ついにおとうさんなんだなあ…………って」


「すみませんけど、僕ら会ってまだ一ヶ月も経ってな――」


「いいんだよ!そんなこまかいことは!別に!!」


「……はあ」


「それよりもなによりも、俺もついに伯父さんになるのかって想うと……こう…………感無量でさあ」


 いやいや君、真琴くんともあきらさんともなんのつながりもないよね?


「よし!わかった真琴!俺にまかせとけ!!」


「……なにをですか?」


「子どもの名前は、俺が決めてやる」



(続く)

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