第二話:妊婦と妻と元恋人(その11)
さて。
美山円花 (**)はこの道…………えーっと何年だっけ?なんか子どものころからずっと見てるから分からな――、
“ブラック・ピーナッツ事件”?なんですかそれ?…………事件の名前そのものは出しにくいからこれで分かってくれ?……はあ。
で?それが……?
ああ、その事件が起きた年にご家族が開業10周年を祝ってくれたんですね?
……ってことは、えーっと、たぶんあの事件のことだろうから197…………え?あんまり女性の年を明かすもんじゃない?まあ、そこはがまんして下さいよ。
と、いうことで。
美山円花 (**)はこの道50年以上の超がつくベテラン助産師で、強い想いと優しい気持ち、それにスパルタチックな妊婦教育で一目置かれる地域密着・愛情爆発・出前迅速・落書無用的地域のお母さまなのである。
なのであるからして、その手で取り上げた赤ん坊の数は“山の木の数、星の数、三千世界のひとの数”……は言いすぎだけれども、まあ、初めての出産に望む女性にとっては強い味方であることに変わりはないわけである。
*
「で?だれがお母さんなんだい?」と、自宅兼助産院の待合室に入って来るなり美山円花 (**)は聞いた。
というのも、午後の健診予定は妊婦ひとりのはずだったのに、そこにはなぜか、三人の女性が座っていたからである。
すると、そのうちのひとり――いちばん背が低くていちばん色の白い女性が、「あ、はい――」と、ゆっくり手をあげながら言って来たので円花は、
「ああ、じゃあ先ずはこれに記入してもらえる?」と、手にしていた問診票を彼女に渡した。
それから彼女は、その色の白い女性・中谷あきら (25)の横に座る日に焼けて体格のよい女性と、彼女たちからすこし距離を置いて座る長身・細身の女性を順々に見てから、
「で、アンタたちは――」と言いかけたところでハッとなり、改めて長身・細身の女性のほうを見ると、「ひょっとして、アンタがお父さんかい?」と、訊いた。
すると、訊かれた山岸真琴 (27)は、
「え?あ、はい……まあ」と、初めて父親になる世の男性陣の多くが取るであろうどっち付かずな――『はたして自分はここに居ても良い存在なのであろうか?』という疑問を抱いた――態度と表情でもって応えた。
「はあー」と、円花。――また、神さまもイジワルだねえ。
「はい?」
「いや、なんでもないよ」――アンタがいちばんキレイじゃないのさ。
*
えーっと。
一応、真琴くんの名誉 (名誉?)のために補足をしておくと、この日の彼は彼なりに、すこしでも父親らしく見せようと男物のシャツとスーツとズボンで決めて来ていたのだが…………それが逆に“男装の麗人”感をアップさせたようですね。
*
「じゃあ、アンタがお父さんで間違いないんだね?」と、円花。――天海祐希とエリカ・リンダ―を足して二で割ったみたいじゃないか。
「ええ、はい。状況的に考えて――」と、真琴。――もうひとりの候補者は女性のかたですし。「ぼくで間違いないと想います」
「ふーん」――なんだい?その言い方?「ま、でも、男親なんてみんなそんな感じだけどさ」
と、ここで円花は、ふたたび妊婦に声をかけようとそちらを振り返ったのだが、すると今度は、そんな妊婦のとなりに座る体格のよい女性のことが気になって来た。
なので彼女は、
「えーっと?するとアンタは――」と、その体格のよい女性に声をかけようとしたのだが、そんな彼女の質問が終わるが早いか、
「私は彼女の恋人です」と、その体格のよい女性・佐々木百合子 (27)は応えた。「近々パートナーシップ証明書もいただく予定です」
「あー、なるほどね」と、ここですべてを合点した美山円花 (**)は一瞬、島倉千代子の往年の大ヒット曲でも歌い出しそうな感じになったが、すぐにそれを止めると、
「ま、赤ちゃんがしあわせになれれば誰が何だろうと何でも良いよ」と言って苦笑した。
「問診票書き終わったらオシッコ採って、奥の診察室まで来てください」――あたしはエコーやなんかの準備をして来るからね。
(続く)




