ボーナス・トラック:きみの名前と逃げ出した花嫁(その15)
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ひいらぎ かざろう ファラララ ラーラ ラーラーラー
はれぎに きがえて ファラララ ラーラ ラーラーラー
カロルを うたおう ファララ ラララー ラーラーラー
たのしい このとき ファラララ ラーラ ラーラーラー
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「ほら、富士子ねえさん、恥ずかしがっとらんと来てみ、やっぱ赤ちゃんはカワイイよ」
「別に恥ずかしがっているわけではありません。これで私にふたり目の姪が出来たとおも……おもう…………想うと――」
「あー、もー、はいはい、ハンカチな、ハンカチ。ごめんな、あきらさん。このひと見た目より感激屋さんで――」
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「イマ、フジコさんナいてマシたか?」
「ねー、あー言うのを“鬼の霍乱”って言うのよ」
「“カクラン”?」
「あー、もー、カワイー、タカコおばちゃんでちゅよーー、おばちゃんのとこにも、いつ遊びに来てもいいでちゅからねーー」
「フランスよいトコ、イチドはおいで、です」
「そうそう。美味しいお菓子いーっぱい食べさせてあげまちゅからね――」
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「あ、ほら、漱吾さん。目を開けましたよ」
「ご、ごめん、理央さん。お、俺、な、なみだでよく見えな…………ごめん、よく見えないんだ――」
「えー、あ、ほら、今度は目を閉じましたよ」
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「これ、見えてるんですかね?」
「あー、いや多分、ハッキリとは見えてないと想いますよ、グリコさん」
「でも、なんかこっち見てるような気が――」
「20~30cmぐらいの距離なら物のあるなしは分かるようですけど、いまこちらを向いてるのは多分に音への反応だと想います」
「……島本さん、なんか詳しいんですか?」
「悠宇くん、大学でゴリラの勉強してんのよ」
「“ゴリラ”?」
「生態環境生物学ですって、伊純さん。……まあ、ゴリラの赤ちゃんの面倒みたりもしますけど――」
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「漱吾、お前はさっき見ただろ?…………“涙でくもってよく見えなかった?”……まあいいけどさ、どうだ?今度は見えるか?」
「あー、こんどはよく見えるよ。……うん。うん。やっぱ美人さんだな、よく似てる」
「うん。目の辺りとかあきらさんによく似てる」
「鼻とか口は真琴かな?」
「うん。っぽいな」
「あ、でもやっぱあれだな」
「うん?」
「全体的な雰囲気は百合子さんによく似てる」
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「なら、あきらもそれでいい?……うん?…………もちろんマコトくんと二人で決めたわよ。ね?マコトくん」
「もちろんですよ、百合子さん。いままで候補に上がってなかったんだけど、なんか急にピンと来て――」
「ちょっと、まるで自分が提案したみたいに言わないでよ」
「え、だって――」
「先に言ったのは私だったでしょ?」
「いやいや、ぼくが先に言って、そのあとに百合子さんが――」
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「あ、じゃあ、それで決まったんですね」
「まさか本当にあの二人で決めて来るとは想ってなかったんですけど、なんか妙にピンと来たらしくて――」
「うん。でも、私もいいと想いますよ。変に凝ってないし、呼びやすいし」
「ねー、マコトお父さんとユリお母さんが考えてくれたんでちゅもんねーー」
キャハッ。
「あ、いま笑いましたね」
「ね、よっぽどうれしかったんですかね?」
「きっとそうですよ」
「うん。ほんとに…………あ、あの……」
「はい?」
「あのね、詢子さん」
「なんですか?急にあらたまって」
「あの……私がこう云うの言うのもアレなんですけど――」
「うん?」
「真琴のこと……、その……、この子の父親だからとかじゃなくて……、その……」
「ああ、はい。それは大丈夫ですよ。私にまかせ…………あー、でも、なにかあったら相談に行ってもいいですか?」
「え?あーそれはもちろん」
「ただの愚痴になるかも知れませんけど」
「ぜんぜん、いくらでも聞きますよ」
「もしくは、ただ遊びに行くだけとか」
「ええ、もちろん。この子と待ってます」
「へへ、それじゃあ…………あ、なんか寝むそうじゃありません?」
「あら?色んな人に会って疲れちゃったかな?」
「じゃあ、私もそろそろ――」
「うん。今日はホント、ありがとうございました」
「いえいえ。じゃあ、“あいちゃん”も………………おやすみなさい」
(おしまい?)
……、
…………、
………………、
……………………え?
それから皆んながどうなったか?
どうなったかって訊かれても、あれからまだ3年経ってないわけですし、あの後はほら、例の感染症で日本も世界も千駄ヶ谷もけっこう大変なことになりましたし、アレを発端にしたアレヤコレヤでいまもけっこう大変なままですし――、
話せばいくらでも話せますけど、どこまで話してよいものやら、どこまで話せるものやら――、
え?“話せる範囲で構わない”?
あー、だったら取り敢えず、残りの紙数で話せるとこまで話してみましょうか?
えーっと?
あー、でもやっぱり、今回の件でいちばん影響があったのは『シグナレス』ですね。
まあ『シグナレス』に限らず、各地の飲食業はホントーに、壊滅的なぐらい大打撃を受けてたワケですけど。
ただまあ、そこは何気に利に聡い美里さんのことなんで、早々に持ち帰り&デリバリーメインにシフトしたのは流石でしたよね。
よくあんな状況でお店維持出来たなって感心しますもん。
もちろん。それでも、ガランとした店内見て泣きそうになったりもしたらしいですけど。
で、『シグナレス』と言えばエマちゃんと八千代くんですけど、ふたりはせっかくの高校生活がアレのせいでけっこうつぶされちゃったらしくて、修学旅行はなくなったし、文化祭とかその辺も消えたり縮小されたり、お店の手伝いでけっこう気はまぎれてたようだけど、八千代くんなんかは時々ブーたれて文句言ってましたね。
え?あーもちろん。ふたりとも無事卒業はしましたよ。
それで、エマちゃんは美大を受けたけど軒並み落ちて現在は一浪中。
八千代くんはお父さんのいる南仁賀志大学に受かって現在大学一年生……なんですけど、まあ、相変わらず何かやりたいってこともないっぽいです。
あ、そうそう。八千代くんって言えば、彼女をモデルにした猪熊先生のマンガも、短編数本だけの予定だったのが想ったより人気が出たらしくて、いまは各月連載になってたりするんですよ。まあ、八千代くんなんかは、
「私、こんなカッコカワイクないですよーー」
って毎回顔をまっ赤にしながら読んでるらしいんですけど、それは多分に、グリコくんの視点がマンガのキャラに影響しちゃってるんでしょうね。
あ、で、マンガって言えば、詢子さんのマンガ家業もけっこう軌道に乗って来てて、って言うか、ここ数年で若干の作風の変化があって、それを見たある編集の人から、
「よろしければ、ウチで少女マンガを描いてみませんか?」
とか言われたらしくて、今年に入って何本か短編を載せて貰えてましたね。――まあ、ヒロインが真琴くんにそっくりってのはどうかと想いましたけど。
あ、それで、真琴くんと言えば“山岸さん家の三姉妹”だけど……ってまあ、あそこの三姉妹はいつまで経ってもあそこの三姉妹のままだから特筆することもないんだけど、ただ、あの後、鷹子さんはパリに戻っちゃったんですよ、ルイスさんと一緒に。
で、そこに今回のパンデミックでしょ?だから、なんかここ数年は直接会えていないんですって。――まあ、Webで話してもケンカばかりしてるらしいから、別にいいのかも知れませんけどね。
あ、それで、今回語れなかった鷹子さんの別のお話については、またいずれ後日やりますね。
あー、そっか。そう云う意味では、漱吾くんと理央さんの“別のお話”も、今回語れなかったんですけど…………ま、これもまた書けるタイミングが来たら書くことにしますね。
え?あー、そこは理央さんが上手いことやったらしくて、今年の春に元気な男の子を産んでました。
あ、そうそう。それで、その子の名付け親になったのが伊純さんと悠宇くんの島本夫妻なんだけど…………え?あー。結婚したんですよ、こちらも今年の春に。
ほら、悠宇くんは渡航制限とかの関係でずっとフィールドワークに出れてなかったそうなんですけど、それが今年になってなんとか行けることになったそうなんですよ。
でもほら、このご時勢いつ何がどうなるか分からないじゃないですか。
だからホント、想い付いたらって感じだったんですけど、泰仁くんの知り合いの教会に無理言って、仲間内で集まるだけ集まって、上げるだけ上げたんですよね、結婚式。
え?キレイだったかって?――そりゃ聞くだけ野暮ってもんでしょ?
で……あ、そうそう。
それで結婚って言えば肝心の坪井くんと泰仁くんなんですけど、この二人のアレコレについてはあの日までさかのぼる必要が…………、って、ちょっと待って下さいね。
*
――おーい、詢梧ーー?
「なんだよ、兄貴。終わったのか?」
――あ、いや、そっちのネームって、あとどれくらい待てる?
「待てるもなにも約束の二日はとっくに過ぎてるぞ?」
――あー、いやだから、ホントの締め切りって言うか――、
「あのな?みんながみんなサバ読みながら締め切り伝えてるワケじゃないんだぜ?」
――でも読んでんだろ?
「……あとどれ位残ってんだよ?」
――あと一回分だけ。それでホント終わり。
「うーーん?……じゃあ待っててやるよ」
――いやあ、持つべきものは作画の速い弟だな。
「やれやれ。――あ、それはそれとして、坪井の兄さんとの約束も忘れんなよ?」
――約束?
「ほら、久保田とかって先生を“あの人”に会わせるんだろ?」
(続く)




