第二話:妊婦と妻と元恋人(その9)
さて。
それから、突然の訪問者二名プラス一名を迎えての樫山家の夕食は、主人がまったくの下戸であり、家にあるアルコール類と言えば数年前に買ってそのままになっている味りんぐらいしかなかったことなどもあって、三尾漱吾 (31)は大変残念がってはいたものの、酒類などが提供されることもなく、無事に、多分に平穏に、敢えて言えば山岸真琴 (28)の望んだとおりの和やかさのうちに終わっ…………てくれてればよかったんですけどね。
*
パンッ。
と、食べ始めた時とほとんど同じ音がして、
「はい。ごちそうさまでした!」
と、最初に箸を置いたのは安堂茄子 (34)であった。
それから彼女は、樫山や漱吾の少しおどろいた顔を尻目に、自分の分の食器類を流しへと運ぶと、
「いやあ、ひさしぶりに作りましたけど、けっこううまく出来ましたなあ」と、コロコロと笑いながら言った。「どうですか?お口には合ってますか?」
すると、この問いに対した樫山と漱吾は――まあ、味わい始めたばかりで合っているかどうかもよく分からなかったのだけれど、
「ええ、ナスもピーマンも美味しいですし」と、先ずは樫山が言い、
「お姉さん、お料理お上手なんですね」と、漱吾が返したところで、
「ああ、それはそれは、お口に合ったようならよかったです」と、イスに座り直しながら茄子が続けた。「あ、ところで――」
「はい?」と、樫山。
「どちらがマコトのお相手なんですか?」
ブボッと、飲んでいた麦茶を吹き出す真琴。
「……はい?」と、訊き返す樫山。
「ね、ねえさん???」テーブルを拭きつつ真琴。
「あー、もうもう、いやいや、隠さんどいてもええって。このジェンダーレスの時代、アンタが誰を好きになろうと、アンタが誰から好かれようと、それでアンタがしあわせなら、お姉ちゃんなんにも言うつもりはありません。ただな、マコトちゃん。それを恥ずかしがったり隠したりしたらアカン。そやって恥ずかしがったり隠そうとしたりする方がよっぽど――」
「あ、あの、すみません。安堂さん」と、ふたたび樫山。
「あら他人行儀な、“茄子”でエエです」
「あー、なら、えー、茄子さん」
「そうそう。いつ家族になるか分からしまへんのやから」
「あーー、いえいえ、いえいえ、茄子さん。えーっとですね。僕と真琴くんは高校のときの先輩と後輩でして――」
「あ、なら、そのころから?イヤやわ、この子ったらそんなそぶりひとつも――」
「あーーー、いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、そのころからずーっと、“ただの”先輩と後輩でして」
「へ?……あら、まあ、あたしとしたことが――あ、そしたらちゃうんですか?」
「まったく」と、同時に樫山&真琴。
「あ、そらもうえらいすんまへん。なんやお姉ちゃん恥ずかしいわあ、あ、そらもう、ふたりがやたら仲良さそうに見えたもんですからてっきり」
「ま、まあ、うちの部は気の合う連中ばかりでしたし――」
「あ、こらこら、ほんますんまへん。あたしったらとんだ早とちりを――」
「あ、いえ、分かっていただけたのなら良いんですよ」
「いや、ほんと恥ずかしいわあ――あ!なら、漱吾さんがマコトのステディなんですね」
ゴボッと、こんどは食べかけていたナスがのどに詰まる漱吾。
「いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、いえいえ、茄子さん」
と、いきが止まりそうな漱吾に代わって樫山。
「漱吾も、真琴くんとはなんの関係もありません」
――女装中の真琴くんに粉かけてたけどね。
「あ、あらまあ、まあまあ、ごめんなさい」と、両方の手で口を押さえながら茄子。「あたしったら、また早合点して――」
「いえいえ、もうもう、分かっていただけたら良いんですよ」
「ほんと、すみません」
「まあ、誰にでもカン違いはありますから」
「いやいや、もうもう、確かに。漱吾さんには樫山さんのほうがお似合いですもんね」
「違います!!」と、こんどは同時に樫山&漱吾が叫んだ。
(続く)




