ボーナス・トラック:きみの名前と逃げ出した花嫁(その8)
「萌華 (ももか)……、嘉那 (かな)……、七桜 (なお)……、七嘉 (ななか)……、元美 (ともみ)……、真 (まこと)…………うん。なかなかいいんじゃないか?」
と、樫山泰仁 (31)は言った。
ここは再び場面戻って、いつもの (中略)ソファである。
「“真”ってのは山岸ともろ被りだからやめといた方がいいとは想うけど (注1)…………漱吾にしちゃ上出来なんじゃないかな?」
すると、この“上出来”の部分がよほど嬉しかったのか三尾漱吾 (31)は、
「だろ?!」と、手にした赤のボールペンで泰仁の方を指しながら言った。「俺的にもかなり悩んだうえでのセレクトなんだよ」
言ったのだが――、
「けどなー、なんかこうなー、ピンと来ないって言うか、ビビッと来ない感じがして――」と、滅多に出さない情緒豊かな一面を覗かせながら続けた。「で、真琴も同じような感じらしいんだ。――だよな?」
「ええ、漱吾さんには悪いんですけど――」と、こちらは眉根の辺りを掻きながらの山岸真琴 (29)。「たしかにどれも良さそうなんですけど…………やっぱりどれも、ピンとは来ないんですよね」
「うーん?確かにちょっとひねり過ぎてる感じはするかなあ?」と、泰仁。「――もっとシンプルなのはないの?」
「シンプルですか?」
「うん。パッと見ですぐ読める名前とかの方がよいと想う。特によく出るキャラクターなんかは」 (注2)
「あー、でしたらーー」
*
「真央 (まお)……、真理 (まり)……、真菜 (まな)……、真子 (まこ)……、琴美 (ことみ)……、琴子 (ことこ)…………うん。言いやすいし読みやすいし、なかなかええんちゃう?」
と、“山岸さん家の三姉妹”が三女・安堂茄子 (35)は言った。
こちらも再び場面戻って、いつもの詢子さんのいつものマンション。そこに新たに登場したコタツ――の中に全員は無理なので、彼女を含めた何人かは例の奇妙な柄をした (注3)いつものソファの上である。
「ま、“真”や“琴”の字から離れられんのが富士子ねえさんぽいっちゃぽいけど (注4)…………、このどれかでエエんちゃう?」
すると、この“このどれか”の部分がよほど気に触ったのだろうか、同じく“山岸さん家の三姉妹”が次女・鷹子・カスティリオーヌ (38)は、
「そう?」と、その姉・大樹富士子 (42)の方を一瞥してから言った。「なんかその辺の命名サイトから引っ張って来ただけって感じがして (注5)、私はいやかな」
すると、こちらはこちらで、この多分にトゲトゲしい感じを隠しもしない妹の発言にイラッと来たのだろう富士子が、
「あら?やっぱり大作家先生は仰ることが違いますようね――」
と、更なるトゲとドクマシマシな感じを逃げも隠れもせずに応戦しようとした。
したのだが、ここで――、
「Oh、ふたりトモ、そーんなアラソうようなコトバヅカいはヤめてクダさイ」
と、スラッと背は高いんだけどきっと脱いだらけっこう凄いんだろうな?的スーツ姿のブロンド男性が彼女たちの間に割って入った。
「アタラしい、“せいめい”とカいて“いのち”とヨむ“ラ・ヴィ”をムカえようトシテイルのデス。そのムカえイれるワレワレオトナがハンモックしアっていてはイケません。おテントサマは、ミているぜ!なあ、おい、サクラ!!」
――ってか、誰ですか?あなた?
「あらルイス。私は別にこの姉にケンカなんか売ってないわよ、売る必要すらないもの」
と、そんな彼に向かって鷹子は言うのだが――って、ああ、これが例の旦那さんですか、フランス人の。
*
「Oh、サッソク、おヒカえくだスッておアリガトウございます」
――…………はい?
「テメエ、このヤロウは、ソッコツものユエ、ゼンゴまちがえましたら、マッピラごヨウシャのホドおネゲエいたしヤス」
――え?ごめん。いきなりなんですか?
「ムカイましたるおアニいサンには、おハツのおメミえとココロえます」
――……あ?え?仁義かなにか?
「ごめんね、作者さん。大晦日から日本に来てんだけど、“寅さん”と“残侠伝”にハマっちゃって……こういう人なのよ」と、鷹子。
――まあ、別に構いませんけど……。
「テメエ、バカヤロウ、このヤロウ。ワタクシ、ショウゴクとハッしまするは2000リセイホウ、ウまれもソダちも、おッフランスはハナのミヤコはパリッでございます」
――ああ、はいはい。なんか一応ちゃんとした仁義になってるね。
「カギョウは、エンをモちましてのマリーンヅトめ、フォンテーヌ・ヴァラスでウブユをツカい (注6)、セイはカスティリオーヌ、ナはルイス、ヒトよんでふーてんノ――」
――あ、うん、分かった。その辺でイイです。はい。
「“ヤケのヤムパッチ、ヒヤけノナスビ”ですゴザいます。コノたこシャチョウ」
――って言うか、また微妙なタイミングで来日されましたね。
「ねー、最終話も終わってんのに新キャラ出してどうするつもりよ?」と、これは鷹子さんね。
――あ、じゃなくて。
「――うん?」
――うん?…………あ、あー、いやいや、なんでもないです、なんでもないです。 (注7)――それよりほら、そっちの話を進めて下さい。
*
と言ったところで。
ここで、
「まあまあまあまあ、まあまあまあ」
と、ルイスさんに変わって今度は、長年に渡り姉ふたりのやり取り (主にケンカ)を見て来た茄子が、彼女たちの間に割って入る。
「なんやかんや言うて最終決定権は真琴――にもあるんかどうかは知らんけど――も含めたあの三人が持っとるんやし、富士子ねえさんのもひとつの案、鷹子ちゃんのもひとつの案っちゅうことで、先ずはいろいろ出すだけ出すんでエエんちゃう?」
すると、この提案に鷹子が、
「ま、それもそうね――」と、自分の案をご披露しようと手帳を開きかけたところで、
「あなたの夢見がちな読者に受けそうな名前だけは止めてね」と、富士子が消え掛けの火種にガソリンをぶち撒こうとしたので、
「ああ、はいはいはいはい、はいはいはいはい」と、ふたたび茄子が止めに入った。
「あんなふたりとも、仮にもし今回使われんかったとしても、そん時はそん時で、次のときにまわしてもエエわけやろ?」
「“次のとき”?」と、鷹子が訊き返し、
「まあ、その時はね――」と、富士子は答えた。
「そーそー、そーそー、」
と、ふたたび茄子は言うと、どてら&こたつモードで気合いの抜け掛けていたこの家のもっさい主に向かい、
「ねえ?詢子ちゃん」と、にやにや声で訊いた。「実際のところ、いま、どんな感じなん?」
(続く)
(注1)
そうそう。それは本当にそうだと想うよ。
“真琴 (まこと)”と“真仁 (まこと)”とかね。
(注2)
うんうん。それもホント、確かにそうだと想うよ。
“咲希 (エマ)”とか、誰もちゃんと読んでくれなかったもんね、最初。
(注3)
第二話“その1”を確認のこと。
なんだかんだで気に入ってるっぽい。
(注4)
自分の息子に“真仁 (まこと)”って付けたりね。――ほんとブラコンだと想う。
(注5)
ギクッ。……ち、違いますよお。
(注6)
“フォンテーヌ・ヴァラス (ヴァラス給水泉)”とは、パリのそこかしこにある公共の無料水飲み場のこと。――なんだけど、さすがにそこの水を産湯に使う人はいないだろうから、ルイスさんのデマカセだと想う。
(注7)
この時点ではまだ2020年も始まったばかりで、この国最初の感染確認までも、まだ一週間ほどの猶予はあるようです。




