第二話:妊婦と妻と元恋人(その7)
さて。
三尾漱吾 (31)が台風の進路すら変える“晴れ男”であることは前にも書いたが (注1)、そんな彼ですら奇妙に感じるほどに、その日の六月の午後は驚くほどの晴れっぷりの快晴であった。(注2)
というか本来、日本の天気というのは、偏西風の関係で西から東へと変わっていくものなのだけれども、その日の天気は、何故か南東から北西に向けて変化して行っているようであった。
というか具体的には、そもそも千葉県勝浦市にあった“梅雨の晴れ間”がJR外房線のルートに沿って北上を開始、その後蘇我駅で内房線に乗り換えると、そのまま千葉駅から直通の総武本線へと連結され、錦糸町で中央総武線各駅停車に乗り換えたかと想うと、千駄ヶ谷駅に着いたところで移動を停止しているようであった。
*
え?
“総武本線”と“中央総武線”は別の路線なのかって?
あー、私も4~5年つかってましたけど、結局違いが分かりませんでした。はい。
*
ということで。
六月とは想えないほどに元気な太陽がとあるマンションのベランダを照らし、
そこに置かれたトネリコやドナセラやカポックの鉢植えを照らし、
更にはその部屋の主人である大工やその友人の配管工やその大工や友人から忌み嫌われている税務署員を照らし、
その税務署員と鬼気迫る二時間サスペンス的騙し合いをしているところの詐欺グループの主犯たちを照らし、
そのマンションからの照り返しが“スーパー・タイガース”特製のエコバック (虎柄模様)を照らしたところで、
ゾクッ。
と、山岸真琴 (28)はふたたび、はた目にも分かるほどにその細い身体を震わせた。
「どした?」と、樫山家の玄関チャイムを押しながら漱吾が訊き、
「いや、なんかすごくイヤーな感じが――」と、真琴が応えたところで、
『はいはい』と、インターホン越しに樫山泰仁 (31)の声がした。
「材料買って来たぞ」と、漱吾。「玄関開けてくれ」
『ああ、いま開ける』と、ここで樫山は少しことばを切ると、『ひょっとして、ちょっと多めに買って来てたりするか?』と続けた。
「あ?ああ、豚肉が格安だったんで、肉だきゃたくさんあるぞ」
『あ、じゃあ、ちょうど良かった』
「なんで?」
『山岸のお姉さんが来てるんだよ』
*
さて。
『山岸さん家の三姉妹』については、いつか腰を据えて書いてみたいところではあるのだが、いまはまだそんな余裕はないし、そもそもそれをするためには彼女たちの厳しい検閲の目を通るか逃れるかしなければならないワケで、この無謀な大望がいつの日か叶ってくれたりするのか、まさに“神のみぞ知る”であったりする。
というか、いま書いているこの文章ですら、三姉妹の長女・富士子さんの目に止まったりでもすればどんな突っ込み、罵り、嘲り、侮辱、侮蔑、軽侮、罵倒、残酷極まりない“養豚場のブタでもみるかのような冷たい目”を与えられるか分かったものではない。
なのでここでは、そんな「かわいそうだけど、あしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」ってかんじの残酷な目から逃れる意味でも、彼女たちのことは“山崎真琴くんのやさしいお姉さんたち”と書くに止めることにしたいと想う。
うん。
だから、この後ご登壇される三女・茄子さんについても、少々アレな部分も散見されるかも知れませんが、まーだまだ、ぜーんぜん、だーいぶ常識的な、やさしいひとなので、そのつもりでお読みください。はい。
*
「あらまあこの子は、またほっそい体のままで」と、安堂茄子 (34)は言った。「――朝昼晩、ちゃんと食べとんの?」
すると、この姉――“ひさしぶり”も“元気やった?”も“おつかれさま”のあいさつもなく弟のダメ出しから始めるこの姉――の前で山岸真琴はしばらく固まっていたのだが、
「おいおい山岸、なにか言ったら?」と樫山が言い、
「この子あたしらの前やといっつもこんな感じなんですよ」と茄子が言い、
「いやでもまさか、こんなキレイなお姉さんがいらっしゃるとは」と、漱吾がイケメンモードを発揮しそうになったところで、
「な、な、なんでこの場所が?!」
と、叫ぶような笑うような自嘲するような口調で訊いた。
すると、
「そりゃアンタ、アンタのスマホのGPSと高校の卒業生名簿に決まっとるやないの」
と、当然至極と言った口調で茄子さん。
「アンタこっちからの連絡には電話もメールもツイッターも矢文にすら反応せえへんのやから、こうでもせんとドコに居るかもよう分からんやないの――」
(続く)
(注1)第一話“その4”を確認のこと。こんな超常現象を“晴れ男”のひと言で済ませてよいかどうかはまた議論の余地のあるところであるが、でもまあ、ほかに適切な言葉が見付からないので、ひき続き“晴れ男”“晴れ女”で行かせて下さい。はい。
(注2)“晴れっぷりの快晴”とは言葉の重複甚だしいが、「それっくらい晴れてたの!!」ということでお許し頂きたい。




