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第二話:妊婦と妻と元恋人(その5)

 ブー、ブー、ブー、ブー、


 ブー、ブー、ブー、ブー、


 ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、カチャ。


「はい、もしもし?どうした?

 ……あ、いや坪井くんならさっき帰ったけど?

 ……なに?山岸が?…………ごめん。よく分からない。

 ……あきらさん?……ああ、元・恋人の?……え?ショックを受けた?

 ……あ、おまえじゃなくて山岸がな?まあ、そりゃそうか…………ホウネンチヤ?

 ……漱吾、あれは“ぼうぜんじしつ”って読…………こっちに来たい?

 ……ああ、それはべつに構わないけどさ…………なんか結局よく分からないけど。

 ……まあ詳しくは山岸から聴くか…………お前はお前で落ち着け!!」


     *


「元恋人が出て行ったのは他の女のひとと暮らしたかったからで、その元恋人は、晴れていまはその女のひとと一緒に暮らしている?――なるほど?

 で、なんだけど、その元恋人が妊娠していることが分かっちゃった?――うん?

 で、でも、その元恋人のいまの恋人は女のひとなんで――ああ、そうね。

 その女のひとがお腹の子の父親であろうハズもない。――うん。まあ、そうよね。

 なので、だから必然的に、そのお腹の子のお父さんは、その元恋人の元恋人である真琴さんになるハズなのだけれど、その元恋人は、その元恋人のいまの恋人とシッカリキッチリ相談したうえで、そのお腹のなかの赤ちゃんを産むことにした。――うーん?ま、まあ、で?

 で、その元恋人的には元恋人の真琴さんになんだかんだしてもらうつもりは特にはなくて、その元恋人と元恋人のいまの恋人と女手ふたつで産んで育てて成長を見届けたいと言っている?――あーまーー、うーーん?――まいっか。

 なのだけれども、ただその、義務というか、義理と人情はかりにかけりゃっていうか、結局は女の世界も義理が重たいってことで、一応、その元恋人のお腹のなかの赤ちゃんのお父さんである真琴さんにも、報告・連絡・相談……相談はしないんだけど、一社会人として報・連・相をしに来た???

 ごめん、グリコ。整理してホワイトボードにまとめてくれる?」


     *


 ということで、山岸真琴 (28)は悩んでいた。


 というのも、付き合って三年、お友だち期間を含めれば六年間をともに過ごして来た恋人に、ある日突然フラれてしまったから――だけではなく、


 その元恋人が、自分からの連絡にはメールも電話もチャットも全拒否するぐらいに操を立てている相手が実は女だったから――だけではなく、


 その付き合って三年、お友だち期間を含めれば六年間をともに過ごして来たにも関らず自分を捨てて別の女のところに行ってしまった恋人が実は自分の子を身ごもっていたから――だけではなく、


 その恋人――元恋人の現在の恋人のほうね――なんか近々渋谷区のパートナーシップ証明書なるものを取るから正式な“パートナー”になるらしいけど、それって“恋人”とどうちがうの?教えて!イケガミさん?!――が彼女に提案したのは、


「だから、マコトくんの立ち位置はあくまで“精子提供者”ということにしてもらって、生まれて来る赤ちゃんは私たちだけで愛情持って育てましょうよ」


 ということだったのだそうで、それで彼女 (真琴くんの元恋人のほうね)もそれに賛成したのだそうで――って?あれ?“マコトくん”ってやたら馴れ馴れしいけど、そのひと、真琴くんも知ってるひと?


     *


「あ、あの、ほら……ユリよ」


「ユリさん?…………って、佐々木百合子さん?!あの歯科衛生士の?!」


     *


 ――みたいな話を、突然、白昼の喫茶店で、その元恋人であるところの中谷あきら (25)から、グサグサグサグサグサグサグサグサグサァッという感じに一気に伝えられたからなのであった。


     *


「週三で歯医者に行きはじめたときに気付くべきでしたよ――」


 と、その美しい顔を悲しみと言うか驚きと言うか、“こういう時、どんな顔をすればいいかわからないの――”的な表情で曇らせながら山岸真琴 (28)は語った。


 ――のだが、なんだか今日は普通のイケメンに見えますね?


「まあ今日はオフなんで、男物のシャツにジーンズ履いて、お化粧なんかもしていないですから…………ってあなた誰ですか?」


 ――ここ、樫山先輩のお宅ですよね?


「あ、申し遅れましてすみません。わたくし樫山泰仁先生の担当をさせて頂いております、向学館文芸部所属・編集者の坪井東子と申します」


 ――いやいや、もうもう、うちの編集部も女所帯なもので、この二週間、あなたと樫山先生の話題で持ち切りなんですよ。


「話題?」


「ああ、はい、その、漱吾さんが山岸さんと樫山先生の2ショット写真 (注1)をわたしの携帯に送って来られまして、それがその時ちょうど一緒にサービス残業していた上司の目に留まっちゃいまして、そしたらもうもう、翌朝には部内のグルチャが大変なことに――」


 と、ひさびさのイケメン登場にテンションマックス状態の坪井東子 (30)であるが、


 ――きみ、さっき帰ったんじゃなかったっけ?


「あ、もう、それが、駅まで出たところで打ち合わせノートをここのソファに置き忘れていたことに気付きまして――」と坪井が言い、


「で、山岸が来るって言ったら、是非顔を見たいって言われて――」と樫山が続けた。


 ――相変わらず坪井くんには甘いんですね。


 すると、そんなふたりを交互に見つめてから真琴は、


「あ、でも、今日はかなりプライベートな話なんで――」と、言った。


 すると坪井は坪井で、


「あ、いえいえ、もうもう」と、社会人ならではと言うか編集者ならではの嗅覚でもって空気を読むと、「山岸さんのご尊顔は拝見出来ましたので、はい。私はこの辺でそろそろ退散させていただきたいと想います」と言った。


 ――いやいや、もうもう。編集部への佳い土産話も出来ましたので。


     *


 キュ、キュキュ、キュッ。


 と、赤のマーカーが動きを止め、ホワイトボードの右下隅には『←イマココ (チョー大事!!)』の文字が大書されている。


 もちろん。


 この『 (チョー大事!!)』に至るまでには森永久美子独特の大胆かつ繊細な文字とカワイイ!イラストがところ狭しと並べられており、今回の事件のあらましが大変分かりやすく解説されていた。


 なので、先ずは樫山詢子が、


「うん。なるほど、話はだいたい分かったわ」と言い、次に続けて、


「文字に起こすと分かりやすいわね、さすがグリコ」と、佐倉伊純が言った。「あと、その真琴くんのデフォルメイラスト最高」


「あ、ありがとうございます」と、すこし照れながらグリコ。――我ながらうまく描けたと想っていたんです。


「で、まあ、話はだいたい分かったけどさ――」と、ふたたび詢子。「それで真琴さんはどうするって?」


「あ、いや、それは“ちょっと考えさせてくれ”って言ってましたけど」


「まあ、ジェットコースターみたいだもんね、話の展開が」と、こちらは伊純。


「でもやっぱり行くんじゃないの?」


「相手の女もいるんでしょ?」


「それでも自分の子どもですし」


「はー、なんか別世界の話みたい」


「で、病院ってどんなことするの?」


「あー、なんかエコーとか取るらしいですよ?赤ちゃんが順調に育っているかの確認なんだそうです」



(続く)


(注1)第一話“その11”並びに“その12”を確認のこと。正確には詢子も入れた3ショット写真であったが、“人は見たいものしか見えず、見たくないものは見えないのだよ、関口くん”なのである。


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