第二話:妊婦と妻と元恋人(その4)
「なんでそれをはやく言わないのよ?!」と佐倉伊純 (29)が言い、
「だって、なんかそれどころじゃなくなっちゃったんだもん――」と、樫山詢子 (27)は応えた。「つぎの日起きたら男のひとに変わってたのよ?」
「あー、まー、でも、うわー」と、その日の朝の詢子の心情を想像しつつ伊純。「あー、え?でも、あんな美形に“好きだ”って言われたんでしょ?」
「“好きだった”ね。過去形よ?過去形」
「いや、でも、そうだけど――あれ?告白された時は男のひとだったの?女のひとだったの?」
「だから、真琴さん的にはずっと男のひとのつもりだったらしいけど――」
「あんた的には女のひとだと想ってたわけね?」
「あーー」と、ここで一瞬詢子は顔を赤らめたが、かと想うとまた別の赤色に顔を変えて、「起きて、ふたりを見るまではね」と言った。
「いや、でも、分かる。アレは勘違いする。するなってほうが無理だと想うし、私なんか彼のためにブラを――」
と、ここまで言って伊純は、フッ。と、とても重要で大切でこの世の中にこれ以上考えるべきことはないのではないか?と想えるような“なにか”にでも気付いたかのような表情をすると、「ちょっと待ってね?」と、右手をあげながら言った。
「なに?」と、詢子。
「つまり…………するとアレよね?アンタが翌朝目を覚ますと、そこには男がふたりいたワケだ」
「……そうね」
「もちろん、アンタとは別の部屋だけど」
「まあ……そうね」
「アンタが起きたとき、ふたりはなにしてたワケ?いや、アンタが寝てる間でも良いんだけどさ」
「なんか……ふたりで朝食つくってた (注1)」
「ほお……」
「ちょっと止めてよ、いちおう実の兄よ? (注2)」
「だって、ひと晩いっしょに過ごしたふたりが (注3)なかよく朝食つくってんのよ?」
「まあ……そうだけどさ」
「しかもひとりは女性と見まごうばかりの美形」
「……しかも“女装男子”」
「なるほど、なるほど。それは“それどころじゃなくなっちゃった”よね」
「だからさあ――」
「オッケーオッケー、みなまで言うな。考えちゃうものは仕方がないわよ」
「だーかーらーー! 真琴さんと兄さんでどうこう考えたりとかしてないわよ?!」
「いやいや、でもでも、カシ×マコとか全然ありだと想うわよ?」
*
作者注:以下、免疫のない方は閲覧ご注意ください。
*
「あ?」と、樫山詢子 (27)はどこかの少年漫画の主人公 (第四部)がプッツンした時のようなテンションで訊き返した。「おい……先輩?あんた……いま、あのふたりのことなんつった?」
すると、こちらはこちらで、
「ふん?」と、まるでどこかの漫画の悪役 (第一部のほうね)のようなテンションで佐倉伊純 (29)は応える。
「良いか?詢子。たいていの人間には心に善のタガがあるッ!
そのため思い切った行動がとれんッ! すばらしい (*検閲ガ入リマシタ)への恐れがあるのだッ!
だが!ごくまれに善のタガのない人間がいる!! (*検閲ガ入リマシタ)のエリート!
おれや……お前がそうだ……分かるか?」
“コクッ”という擬音を出しながらうなずく詢子 (キャラ変わります)。
「なら……」と、なんかこう、特殊な感じの立ちポーズを決めながら伊純。「わたしがいちど決めたCPを覆すことなどないと分かるだろう?」
するとふたたび、“コクッ”という擬音を出しながら詢子。左手人差し指をスッと伊純のほうへ向けつつ、
「ならば! ならばこそ!!
同じ業 (カルマ)を背負いし者として改めて訊こう!」
と、叫ぶ。
「佐倉伊純!!…………お前の想い描いたCPとは?」
「…………カシ×マコ」
*
「なんでよ?!」と、詢子が叫び、
「なにがなによ!!」と、伊純も叫んだ。
――なんか、きっついなあ。
「どう考えたって真琴さんを左に置いたほうが萌えるじゃない!!」と、詢子。
「そりゃアンタは美形を左にしたがるけどさ、私は顔がキレイなほうを右に置きたいの!」と、伊純。
――あ、右とか左とかの意味が分からないひとはググるなり知り合いの女性に訊くなりしてください。もちろん自己責任で。
「左に美形置いたほうが絵になるじゃん!」と、詢子が言い、
「あんたの作画能力でそれは無理よ!」と、伊純が応えた。――ひどいなあ。
「あ、ひっどーい。アンタだってどうせアレでしょ?真琴さんなら女装させられるから右に置こうってだけの安直な考えでしょ?」
「そんなもんあったり前じゃない。あんだけ完璧に擬態出来るのよ?右に置かない理由がないじゃない」
「ちがうちがうちがうちがうちがう!まるで分かってない。女性と見まごうほどの美形が、その (*検閲ガ入リマシタ)な本性を愛するひとの前でむき出しにしてしまうってのがいいんじゃない!」
「そんなこと言ったら、ただただ恋愛下手でヘタレのお兄さんが愛する相手のまえではその裏の顔を少しずつ露わにして行くってのもアリじゃない!」
……これは…………ディスられてるのか?
「あー、まー、うーーん?」
「だから、あのお兄さんでも、使いようによっちゃあけっこういけると想うわけよ。
いい?ああいう恋愛下手でヘタレで奥手 (*大切なことなので二回言いました)と見せかけておいて、ちょこちょこかいま見せるサイコパス気味Sッ気がウブな真琴さんを翻弄するワケよ!しかもメガネ攻めで!!」
「あー、いや、うーーん?でもでも、ちがうちがうちがうちがうちがう。
そんなヘタレで奥手で及び腰で恋愛下手 (*大変大切なことなので三回言いました)のクセにサイコパスチックでもある兄さんの病んだこころをやさしく癒やすためにも“先輩!先輩!”ってすり寄って来る真琴さんのような見返りを求めない無防備な愛情が必要なんじゃない!
天然天使な年下攻め! 最高じゃん!」
……こいつら、ほんとキッツイなあ。
*
「ところで――」
と、そんな血気盛んな白熱議論とは空間的にも間主観的にも遠く離れた安全地帯の喫茶店『シグナレス』のテーブルで三尾漱吾 (31)が訊いた。
「マンションに戻らなくてもいいのかよ?」
すると問われた森永久美子 (24)は、
『あー、これはあくまで同病相憐れむ者としての直感なんですけれど、なぜかいま先輩と伊純さんの間ではなにがしかの論争・紛争・魂と魂のぶつかり合いなるものが起こっているようなそんな気がしているんですね。
で、そんな火の粉どころか劫火が降り注いでいるようなあのマンションに私のようなド素人な下っ端が赴いたとして、良くて火に油、悪くて地獄の業火が我が身に向かってくることになると想うんですよ。
なので、であれば、もうちょっとほとぼりが冷めるまで待ってから戻ったほうが良いんじゃないか?
――と、そう愚考する次第なのであります』
みたいなことを0.42秒ほど考えたのだが、
『でも、こんなこと男のひとに言っても分かってもらえませんよね?』
みたいなこともほぼ同時に考えたので、
「あ、いや――」
と、ちょっと含みのある感じをよそおいつつ、その三白眼を窓際のテーブルに席を替えた山岸真琴 (28)と、その元・恋人である中谷あきら (25)のほうへと向け、
「ちょっとした野次馬的好奇心ですよ」
と言って逃げることにした。
(続く)
(注1)第二話“その3”の (注1)を確認のこと。なんでこいつらは見たいようにしか物事を見ないのかね?
(注2)第二話“その3”を確認のこと。ほんと、どの口が言ってやがんだ?って想う。
(注3)第一話“その13”を確認のこと。部屋は別々だったので、“ひと晩いっしょに過ごし”たりはしていない。




