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第十一話:おとぎ話と夢物語(その8)

     *


「小娘、名前を聞いておこう」皇帝はそう言うと、「一族――いや、国ごと滅ぼしてやろう」と、残りの衛兵たちに少女を捕まえるよう手で示した。


 この皇帝の言葉に対して少女は、


「国も一族も――」そう応えると、「すでにあなたに滅ぼされたわ」と続け、手の中の碧石を皇帝へと向けた。


 が、この碧石にもっとも動揺したのは、誰あろう皇帝その人であった。


「それは――」と皇帝が訊く。「あの男の石か?」


 この彼の動揺が衛兵たちにも伝わったのだろう、清瀧の動きを封じていた彼らの槍や剣が一瞬ゆるみ、――彼はその機を逃さなかった。


「嬢ちゃん!」そう清は叫ぶと、衛兵たちの囲みを脱け出し、愛しき友の元へと走った。


 これ以上、ひとり取り残されることだけは避けたかったのであろう。彼の走りは、まるで青い光のようであった。


     *


 コホン。


 と、小さな咳ばらいがひとつ聞こえ、リーダーが左手首にまいたスポーツウォッチでいまの時間を確認した。


 それから数秒ほど、彼はためらっている様子であったが、意を決したのだろうか、いつものオンボロ車のドアを開けると、運転席に乗り込み、エンジンをかけ始めた。


 わたしとロクハは顔を合わせると、その後いっしょに『スーパータイガース』の大時計を見上げ、何か言いたそうなアイツに代わってわたしが、ツボイ嬢を待たないのか?と、窓越しのリーダーに訊いた。


 リーダーは、そんなわたしの質問には答えず、わたしの後ろにいるロクハに向かって、


「いいから早く乗れよ」と、普段なら絶対に使わないような口調で言った。「――ガキどもを待たせっぱなしにするわけにもいかねえだろ?」


     *


 容赦ない衛兵たちの弓矢が清瀧と少女を襲い、「あの石をうばえ!」という皇帝の叫び声が山中に響きわたる。


 清瀧は兵と少女の間を駆け上りながら彼女の元へと向かう。――自身が盾となることで少女を庇おうと、すこしでも彼女の生存確率を高めようとしたのである。


「ええい!それを貸せい!!」


 と、皇帝は叫び、衛兵のひとりから弓矢を奪うと、清瀧の背中――ではなく、その背中越しに見える少女の仮面に狙いを定めた。


 ヒュッ。


 と、矢の放たれる音がし、次の瞬間、その矢を受けていたのは清瀧の右肩であった。


「セイさん!」少女が叫び、青い民族衣装が彼女をやさしく包み込んだ。


 それは、一年と二週間と三日前、彼と彼女が出会った海の色と同じ青さであり、その背はすでに、いつか見たカンナの如き緋色へと変わっていた。


「わりい、待たせた」青年は笑い、少女は彼を抱きしめた。


     *


 その日3回目の打席でのことだったので、多分5回裏のことだったと想うが、バッターボックスに立ったわたしの目に、遠くレフトスタンドにすわるツボイ・トウコ嬢のすがたが飛び込んで来た。


 彼女は例のキャスケットを斜めにかぶり、それとは若干ちぐはぐな色の秋物のコートを着て、我々の試合を見ているようだった。


 わたしは、審判役のリーダーのほうを振り返ると、目でその旨を伝えようとしたのだが、放心気味の彼の頭にはこの意味が分からないようであった。


「どうした?はやく構えろ」そう彼が言って、わたしは耳打ちでそれに答えた。


 すると、


「どこだ?」と、興奮を抑えたかたちでリーダーが訊き、わたしは、彼女がよく使っていた赤い線の入った金属バットで、その位置を教えた。


 彼女は、貧相な顔をした細身のおとこと外国人らしきサングラス姿の女性の横に足を組んですわり、その小さな顔は右の手のひらのうえで微動だにしない風であった。


「すこし待ってろ」リーダーはそう言うと、ジャケットの前ボタンを留め、すこしのあいだ固まってから、もういちどボタンを外し、レフトスタンドのほうへと向かって行った。


「どうかしたんスか?」と、ベンチにいたロクハがわたしのところに来て訊いた。


 わたしはふたたび、バットでツボイ・トウコ嬢のすわるスタンドのほうを差した。


「あ」と、ロクハが大きな声を出そうとしたのでわたしは、アイツのほうを向き人さし指を口に当てる仕草をした。


 貧相な顔の男とサングラス姿の女性はなにかを感じ取ったのだろうゆっくりと立ち上がると、スタンドの別の場所へと移って行った。


 リーダーが彼女のところにたどり着くまでの時間はせいぜい3~4分といったところであっただろうが、歩き出しては立ち止まる彼の背中を見ていたわたしには、それが数十分にも数時間にも感じられた。


     *


 皇帝襲撃の一年と二週間と三日前、この碧石の機能について蒼海君はキム少女に次のような忠告を与えている。


「あんたが覚えんといかん――っと、失礼――あなたが覚えなければならない呪文は九つ。そのどれを疎かにしても石の力は衰えます。古の賢者も言ったように 《幸福になるには悪い意味の言葉も覚えなければならない》――すべて、しっかりと覚えるのですよ」


     *


「ばあさんには俺から謝っておくよ」そう清瀧は言い、


「十秒待ってやる!」と、皇帝は叫んだ。「石と子どもを連れ降りて来い!!」


「セイさん?」と、少女が訊き、


「嬢ちゃんの考えは分かってるよ」そう青年は答えた。「――俺もいっしょに言うさ」


「セイさん……」


「あのクソババア、許してくれねえだろうがな」


「時間だ!」つぎの矢をつがえながら、ふたたび皇帝が叫んだ。「そこで死ぬか、石を持ち降伏するか決めろ!!」


「もし助かったら、俺の故郷を見せてやるよ」


「ごめんなさい……」


 ヒュッ。と、皇帝のつぎの矢が放たれた。


「嬢ちゃん――“ほろびの呪文”を」



(続く)

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