第十一話:おとぎ話と夢物語(その7)
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「あの時の 《サオシャン》か?」
と、連れ出された清瀧の民族衣装を確かめながら皇帝が訊いた。清瀧の身体から滴りつづける赤い血が、その青い布を染めて行く。
「ならば、」と、清の答えを待たずに皇帝は続ける。「――あの男もいっしょか?」
「あのひとなら死んだよ――」と、その問いを予期していたかのように清は応える。――皇帝の動揺をさそえないかと考えたのである。
「しかし、お前ひとりの考えでもあるまい?」と、彼のあごをつかみ上げながら皇帝は訊く。「――仲間は何処だ?」
「仲間なんか――」と、消えて行った一族の顔を想い出しながら清が言い掛けた瞬間、
「仲間なら!」と、背後の崖から小さきものの叫びが聞こえた。「ここにいます!」
いまにも崩れ落ちそうな、我らがキム少女であった。
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我々とツボイ・トウコ嬢との待ち合わせはいつも、『いつものスーパー・タイガース』のいつもの駐車場であった。
彼女は、遅れて来ることもあったし、まったくの時間通りに来て買い出しを手伝ってくれることもあった。時にははやく着き過ぎたのだろうか、『タイガース』のコーヒースペースにすわって、なにやら難しそうな本を――それはつまり、マンガでもなければアニメのような表紙や挿絵が入ったりもしていない本のことであるが――を読んでいることもあった。
ある日のこと。リーダーやロクハに先んじて彼女を見付けたわたしは、読書中のツボイ嬢のテーブルの前にそっとすわると、なにをそんなに熱心に読んでいるのか?と訊いた。
すると彼女は、
「うーん?今度ね、この本を書いた人といっしょに仕事するかも知れないんだ」
と応えてくれた。
そこでわたしは、あなたもお話を書くのか?と訊いた。――あなたといっしょに仕事をする相手は幸福であろう、とも。
「あは、そう言ってもらえるとうれしいんだけどね」
そういつものコロコロとした笑顔で彼女は言うと、
「私はお話は作れないから、ほんと、役に立っているかどうかは分かんないんだけど――」と、続けた。「でも、この作家さんもいい人そうだし、がんばってみるね」
前に書いたわたしが彼女を“文句なしに美人だと想えた”というのは、このときのことである。
彼女の近くにすわると、なぜかいつもいいかおりがした。
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「これが?」と、疑念と嘲笑の間で皇帝が訊いた。「――お前の仲間?」
麒麟を模した面のせいでその顔は見えないが、清瀧の救援に赴いたのはたったひとりの子ども――しかも女の子どもであろう。
こんな大それた襲撃計画に参加、清瀧の仲間を名乗るには余りに幼過ぎる。――と、皇帝はもちろん、周囲の衛兵たちも考えた。
「オレの?」と、皇帝の疑問に答えるためではなく、自身に問うため清瀧は、その小さな疑問を繰り返してみた。「……仲間?」
少女の手には“あの人”から持たされた碧い石が握られている。
『逃げて下さい』と、少女の目が訴えていた。『あとは私が――』――この子は、死を覚悟している。
『いいや』と、青年は頭を振って応えた。『いっしょにやろう』――仲間じゃないか。
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11月が始まりかけたある晴れた日のことである。色づき始めた街道沿いのイチョウ並木が無駄にきれいだったことが想い出される。
わたしとロクハ、それにリーダーは、いつものように、『いつものスーパー・タイガース』のいつもの駐車場で、いつものとおり、ツボイ・トウコ嬢の到来を待ちわびていた。
が、いつもと少しくちがっていたのは、リーダーの服装がいつものグレーと黒のジャージではなく、こざっぱりとしたブルーのジャケットであり、その下に着けているのもいつもの紺のアンダーウェアではなく、しっかりとアイロン掛けがされた白のカッターシャツであったことであろう。
「あんなんで練習大丈夫っスかね?」と、リーダーに聞こえぬ声でロクハが訊き、
きっとトウコ嬢が来るからだろう。と、わたしは答えた。――このときのリーダーの首にもアゴにもいつもの不精髭はなく、髪もどうやら散髪を済ませたばかりのようであった。
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さて。
蒼海君がキム少女に譲り渡したという碧い石には、強力なエネルギー体が閉じ込められていた。
それはつまり、その“石のちから”なるものを解放しさえすれば、石の周囲三里四方は跡形もなく消し去られてしまうということである。
がしかし、そのあまりにも強力過ぎるエネルギーのため、遠隔操作による石の解放は叶わず、使用者はかならず石とともにあらねばならない。
――というのが、旅に出る彼と彼女に蒼海君が伝えた物語であった。
つまり。
彼と彼女が決めた『一緒にやろう』とは、自分たちもろとも憎き皇帝をこの 《バイランシヤ》の山中に葬ってやろう――ということなのであった。
(続く)




