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第十一話:おとぎ話と夢物語(その6)

     *


 さて。


 蒼海君の隠居所で最初の旅の仲間 《清瀧》と出会ってから一年と二週間と三日のち、9才となったキム少女は、ここで初めてかたき討ちの機会をつかむ。――版図巡行中の皇帝が 《バイランシヤ》山中の狭い桟道を通るとの情報を得たのである。


「皇帝に隙はありません」と、すこし背が伸び凛々しい顔立ちとなった少女が言った。「居城はもちろん、版図巡行中も兵たちに守られ、アイツには近付くことさえ出来ない。しかし――」


「しかしここなら――」と、そんな彼女の横に立ちながら清瀧が続ける。「巡行の列は伸び、ヤツの車の横っ面が見える――なるほど」


 このとき彼は、もう他に着る者もなくなった青の民族衣装を着、そうして少女は、彼女の故郷を象徴する黄の衣をまとっていた。


 顔には各々それぞれが祖先神を表わす龍と麒麟の面を付け、そうして彼らの背後には、雷神轟天の鉄槌さながらのモリブデンバナジウム鋼の塊がいくつも置かれていた。


 そうしてもちろん、そんな彼らの見下ろす先には、この鉄槌の餌食となるべき皇帝の、巨大な御車がのっそりと進んでいたのであった。


     *


 カン。


 という金属バットの小気味よい音がグラウンド中にひびき、ツボイ・トウコ嬢の打ったボールがセンターのうえを大きく越えて行く。


 おどろいたのは彼女の実力を過小評価していた紅組 (サンプラザ・レッド)の外野陣である。


 彼らは、ツボイ嬢の実力を見くびるがあまり、誰がショートで誰がレフトで誰がセンターかも分からなくなるほどの浅さで守備についていたのである。


 転がり続ける白球をライトとセンターが同時に追い掛け、グラウンド内の誰もが『これは見事な三塁打だ』と想ったつぎの瞬間、ツボイ・トウコ嬢は――あのお洒落なサンダルでなぜあれほどまでの速度が出せたのかはいまもって謎のままであるが――サードベースを蹴っていた。


 センターからの送球に二塁手が中継に入り、


 パスッ。


 という音とともに振り向いた彼がキャッチャーのカトウ・シンめがけボールを投げる。


 が、それでも時すでに十分おそく、彼女は見事、スライディングのひとつさえせず、ランニングホームランを達成したのであった。


 呆気に取られ、且つ舞い上がったのはわたしだけではなかった。


 審判役のリーダーは、その立場上彼女を抱擁することをはばかっていたようだがそれでも、見開いた目とうれしそうな口もとと、それに地面より3mmほど浮いた足もとを見れば、彼がいままさに天国にいることは、誰の目にも明らかであった。


「どう?!」


 と興奮気味に彼女は訊き、我ら白組 (なかのZEROホワイト)のメンバーは皆がみな彼女を両手ハイタッチで祝福、正式な仲間として認めることになった。――特に、彼女にポジションと打席をうばわれた格好になっていたロクハは、まるで我がことのようによろこぶと、リーダーになり代わり、彼女にたっぷりの抱擁を与えていた。


 それから彼女は、打席に立つたびに見事な放物線をボールに描かせると同時に、使神ヘルメス或いは超速ピエトロ・マキシモフを彷彿とさせる俊足を我々に披露してくれることになる。――そう。彼女はまた、盗塁の達人でもあったのである。


「レガースは取ってもらったほうがイイんじゃないっスか?」


 と、4回の表が始まる直前、ロクハがわたしに言った。――ツボイ・トウコ嬢の絶望的な守備能力を心配してのことである。「あと、ツボイさん、左利きっスよね?」


 なるほど。


 確かに“見事な放物線”はすべて右のバッターボックスから放たれている。わたしがこのことを彼女に問い質すと、


「ああ、それでちょっと痛かったのね」


 そう言って右手にグローブをはめ直すと、あのコロコロとした笑顔で、「ありがとね、ロクハくん」と、ベンチにすわるロクハに向けて手を振った。――のだが結局、レガースのほうは最後まで取ってくれずじまいだった。


「だって、カッコよくない?」


     *


「逃げろ、嬢ちゃん」


 そう言うと清瀧は単身飛び出して行った。――皇帝襲撃は失敗したのである。


 もちろん。彼らの計画に不備があったわけではない。


 彼らの用意したモリブデンバナジウム鋼の塊はすべて、清の大力と完璧に近い少女の予測計算によって皇帝の車を襲い、あとは彼らも計画どおり 《バイランシヤ》の山道に消えるだけであった。


 が、彼と彼女が快哉を押し殺し山道に消えようとしたその瞬間、


「騒がしいぞ……」と、忘れようとも忘れられぬあの男の低くふとい声が 《バイランシヤ》の山中にひびいたのである。「朕なら、生きておるわ」――間違いなく、皇帝そのひとの声であった。


「清さん!」


 と、飛び出した青年の背に向け少女は叫んだが、元来が山岳部族の彼の足に彼女が追い付けるはずもない。――しかも、彼の向かうべき先は皇帝近侍の精兵たちの群れである。


 それでも、彼を一人にしてはいけない。飛び出して行った青年の横顔を想い出す。――あの顔は、一族の名誉のためなら討ち死にすら厭わない男のそれであった。


「間に合わないかも――」


 そう少女はひとりつぶやくと、それでも清瀧のあとを追った。


 向かう先に何年も忘れていた碧く青い空が見えた。


 この空も故郷の空と同じだろうか?そんなことを考えた。


 蒼海君より譲り受けた碧い石をにぎりしめていた。


     *


 それからツボイ・トウコ嬢は週に一度 (ときには二度)、休みの日を利用してはナティーボスたちの試合に参加することになったのだが、彼女の強肩が“発見”されたのはこの三度目の試合においてであった。


 このとき彼女は、ライトに向かって飛んで来た凡フライを初めて――ロクハが教えてやったかたちそのままに――取ったのである。


 目はつぶらずボールの下に入る。


 右手のグローブはひたいのところにまでしっかりと上げる。


 あとはボールが落ちて来るのを信じて待っていれば――、


 ボスッ。


 というボールがグローブに着地する音が聞こえ、と同時に、


「キャー!」と叫ぶツボイ嬢の歓喜の声がグラウンドに響いた。「取れたわよーー!!」


 が、と同時にこんどは、


「タッチアップ!」と叫ぶカトウ・シンの指示が二塁ランナーへと出された。「ホームをねらえ!!」


 すると、これにいっしゅん遅れて今度は、


「ツボイさん!」と、レフト役として守備に復帰していたロクハが叫んだ。「バックホーム!!」


 が、これだけでは、ツボイ嬢にはなにがなにやらまったく分からない。


「え?え?え?え?」と、うろたえながら彼女がボールをグローブから出し、


「いけるぞ!」と、ランナーに向かい腕を回しながらカトウ・シンが叫ぶ。


 そこでわたしは、


「キャッチャーのほうへ投げて!」と、彼女とホームの間に走り込みながら叫んだ。――中継が必要だと考えたのである。


 が、ここでもしかしおどろくことに、トウコ嬢の放ったボールは、わたしのはるか頭上をとおり過ぎると、そのまま、


 ポス。


 と、ホームベースで待つキャッチャーのど真ん中へと吸い込まれて行ったのであった。



(続く)

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