第十一話:おとぎ話と夢物語(その5)
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蒼海君の住まい、というか隠居所は、東の大地のはるか奥、正式な地図には絶対に載って来ないであろう辺鄙な辺境域の更に東の果て……の更に果て、“どこまでも続く海と空との境界線”の狭間にあった。
「そのようなお話を受けるわけにはいきません」
と、少女からわたされた紹介状を一瞥して彼女は言った。
「このような小さな子が帝国相手にかたき討ちを行なうと言って、「はい、そうですか」と応えるような者がいるでしょうか?大人であれば、止めるのが普通ではありませんか?」
が、しかし、初対面の相手にこう言われたからといって簡単に引き下がるようなキム少女ではない。
彼女は、彼女をこの地まで案内してくれた巨漢の男性と、蒼海君の従者であった 《清瀧》と呼ばれる男性――実は彼も帝国に一族を奪われた中のひとりであった――をその巧みな弁舌で味方に付けると、蒼海君のうちなる好奇心をも刺激することに成功した。
『なるほど。この少女ならばあるいは――』
蒼海君はそう思考をめぐらすと、
「しかし、私が付いていくわけにも参りません」
と言って、この 《清瀧》なる大力の士が、少女の旅の伴となることを許したのである。
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「おい、あれはいったいどういうことだ?」
と、買い出しの荷物をサビまみれのベンチに置いていたロクハに声を掛けたのは、ナティーボスの中でも年長の部類に入るカトウ・シンという健康優良児的巨躯巨体の六年生であった。
彼の――というか彼のうしろに控えるその他大勢のナティーボスたちの顔にも、明らかに「おんなの中には、来てはいけない場所に来てしまうオツムのあまりよろしくないタイプがいる」とでも言いたげな表情が浮かんでいた。
「あ、いえ、その、なんと言えば――」
とロクハが、カトウ・シンの陰に埋もれそうになりながら返答に窮していたのでわたしは仕方なく、カトウ・シンならびに我らがナティーボスの“血よりも濃いキズナ”を守りたがっている野郎連中に聞こえるように――そうして、リーダーとツボイ嬢には絶対に聞こえないよう細心の注意を払いながら――、彼女はただのリーダーの“おんなともだち”であり、ここには我々の練習を見学しに来ただけである、という旨の弁解・説明をした。
したのだが、困ったのはツボイ嬢である。
彼女は、紅白戦開始のために最年長者2名がメンバーの取り合いを始めた直後、なにを想ったのか、自分もゲームに参加出来ないか?と、わたしに訊いて来たのである。
ザワザワザワ。
と、古いマンガ家なら書くであろう擬音がナティーボス内を覆い、なかには明らかなる嫌悪と侮蔑の眼差しを彼女に向けているメンバーもいる。
「ダメかなあ?」と、天使のようなほほ笑みをわたしに向けながらトウコ嬢は言った。「こう見えてもお姉さん、運動神経良いんだよ?――太極拳もやってるし」
が、それでも、天使のほほ笑みすら悪魔のうす笑いと捉えるのが少年期の少年たちというものである。
カトウ・シンをはじめとする極右少年たちの視線がわたしの背中にナイフのように突き刺さり、そのためわたしも、流石にこれには閉口し、リーダーに助けを求めることにした。
するとリーダーは、さすがにこれはマズイと想ったのだろう、ツボイ嬢をナティーボスたちの群れから引き離すと、先ずは彼女のサンダル履きを指摘し、次に先日の雨で少々ぬかるんでいるグラウンドを指し、実は硬い軟式ボールや金属バットの重さ、それに近年起きた高校野球でのデッドボールやピッチャーライナーによる重大事故の話などを噛んで含んで言って聞かせたのであった。
なので今度は、『さすがにこれであきらめるだろう』という雰囲気がナティーボスたちを覆い、遠目にも分かるぐらいにリーダーはうなずくと、わたしを彼らのもとへと呼び寄せた。
が、しかしそれでも、天使のほほ笑みを愛の女神の御託宣と受け止めてしまうのが青年期の青年というものである。
「ああ、すまないんだが――」そう彼は言うと、「かんたんなルールと道具のつかい方を彼女に教えてやってくれ」と、困っているのかよろこんでいるのか分からない表情でわたしを見たのであった。
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神聖崇高なる“バルカン式4次元ジャンケン”の結果、先に守備についたのは我々白組 (なかのZEROホワイト)であった。
ツボイ・トウコ嬢はベージュのキャスケットをうしろ前にかぶり、ライトを守っていた。
ロクハに無理を言って代わってもらったかたちだが、サウスポー用のアイツのグローブを左にはめ、カッコイイからとの理由であまっていたキャッチャー用レガースを足に着けている。
わたしはときどき三塁からそんな彼女の様子を眺めていたのだが、そんなわたしの視線に気付くと彼女は、うれしそうに手を振ってくれ――まあ、見れたすがたではなかった。
彼女には出来るだけうしろを守り、飛んできたボールはセカンドやセンターに任せるようにと念を押していたのだが、気付けば内野のあたりにまで侵攻、その都度ファーストとセカンドに下がるよう言われていたし、
カキン。
とバッターボックスからよい音がするたびに、ファーストやセンター、そうしてレフトの守備位置にまで入り込んでいた。
「ねえねえ?私の守備どうだった?」と、攻守交替の際に彼女が訊いて来たのでわたしは、このまま続いてくれればよいとだけ答えておいた。――結局、幸か不幸か、一回表にライトへボールが飛ぶことはなかったからである。
一回裏の“なかのZEROホワイト”の攻撃は予想以上のスムーズさでもってまわっていき、わたしとリーダーは顔を見合わせることになった。――その回のうちに九番のツボイ・トウコ嬢にまで打順がまわってしまったからである。
「これ、みじかくないの?」と、ツボイ嬢が訊き、
「こども用だからね」と、リーダーは答えた。
審判役がバッターと話し込んでいてはゲームがすすまないが、この頃になると他のナティーボスたちも徐々にあきらめというものを覚えていったのだろう文句の言葉は鳴りをひそめ、とにかく皆がみな成り行きを見守っている。
「とにかく、ボールから目を離さないこと」そうリーダーが言い、
「オッケー、目を離さない」と、トウコ嬢は返した。
「バットをギュッと握り締め過ぎてもダメだ。うまく振れなくなる」
「握りしめ過ぎない。了解」
「バッドが重いようならピッチャーがモーションに入るまでは肩に乗っけておくといい」
「――“モーション”ってなに?」
と、それからさらに三つ四つのやり取りがあって最後にリーダーが、
「あんまり前のめりにならないように。ボールが当たったら困る」
と、彼女の豊満なる胸部を心配しつつ言ったところで、
「オッケー。もういいからどいて」
と、トウコ嬢はリーダーを押しやると、なぜだか右側のバッターボックスへと入った。
(続く)




