第十一話:おとぎ話と夢物語(その4)
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旅をはじめて間もなく、我らがキム少女ははじめて師と呼べる人物と出会う。
その老人は齢900才 (自称)を越えた舞踏と武術の達人であり、彼女は彼から悪の皇帝を倒す術を学ぼうとしたのである。
がしかし、所詮は老人の100分の1ほどしか生きて来ていないキム少女である。彼女のこの無謀極まりないたくらみも老人には、
「徹頭徹尾一点の曇りも無くマルッとスッキリ、オールクリアーすべてお見通しじゃ!」
であったらしく、彼女は師から企てをやめるようやさしく諭されることになる。
「じゃからのう。キムよ。お主も復讐などと云うような考えは捨て、先ずは自身の幸せを考えるのじゃ」
「しかし先生――」
「いい男を見付け、子を産み。そして育てろ。――それがなによりの父への供養となろう」
と、八才の女の子に言うには重過ぎて、ジェンダー的にもちょっと大問題を引き起こしかねない老人のセリフにほだされそうになるキム少女であったが、それでも、
「しかしそれでは、私の無念が晴れません」
と答え、師の元を離れる決意を固めるのであった。
「止めても無駄のようじゃの――」そう老人は言うと、
「ではせめて、少しばかりのお節介を焼かせてはくれぬか?」
と、彼女に 《知勇兼備にして堅忍不抜の蒼海君》が住むとされる場所の地図と、彼女宛ての紹介状を渡したのであった。
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それから、わたしとリーダー、それにロクハの三人は、いつもの『タイガース』での買い出しをいつものように終えると、その荷物をいつもの軽自動車のいつもの後部座席へと詰め込んだのだが、いつもとちがっていたのは、オンボロ車のエンジンを入れたリーダーが、いつまで経っても『タイガース』の駐車場から出発しようとしないことであった。
「あの、そろそろもどりませんか?」と、ロクハが言い、いったい、なにを待っているのか?と、わたしが訊ねたところで、
コンコン。
と、車のバックドアを叩く音が聞こえた。
この日この時のリーダーの動きをわたしはいまもってありありと想いうかべることが出来るが、それはまるでアニメ映画のバックスバニーか実写映画のクイックシルバーが如き俊敏迅速さであって、
チャッ。
と、運転席の扉が開く音が聞こえたと想うが早いか彼は、いつの間にくしを当てたのだろう、いつものボサボサ髪を整えると、だらけ切ったグレーのジャージもしっかり伸ばした上で、彼女のいるバックドアのところにまで移動していた。
それからの数十秒か数分か数時間かは忘れたが、わたしとロクハは、車のそとから漏れ聞こえて来るリーダーとリーダーの“おんなともだち”との会話を、暑いというか熱くてたまらない後部座席で、オンボロ車ががなり立てるエアコンの音に邪魔されながら聞こうとしていたのだが、
「ぜっんぜん、聞こえないっスね、兄貴」
とロクハが言ったところで、
カチャッ。
と、こんどは助手席側の扉が開く音がして、ベージュのワイドパンツにモスグリーンのシャツ、それにパンツと同じ色のキャスケットをかぶった女の子、いや“女性”が乗り込んで来た。
「うわ、」と、ロクハがいっしゅん感嘆のこえを上げたかと想うとやつは、同時に声をシュッとひそめ、わたしの耳に手をあてがいながら、「おっぱい、おっきいスね――」と言って、その女のような顔をにやけさせた。
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正直なはなし、このときの――というか今でもだが――わたしにはこの“おっぱいの大小の良し悪し”というのが実はよく分かっていない。
いないのだが、しかしそれでも、これまでの人生でわたしが出会った女性たちのなかで、文句なしに美人だと想えた例は――荻窪の“叔父”とイタリアの叔母を除けば――3人だけで、ひとりは城崎の海水浴場で見掛けた子連れの水着の女性、もうひとりは子どもだらけのピアノ発表会で見事なまでの“メフィスト・ワルツ”を披露してくれた妙齢のピアノ講師、そうして最後が、このリーダーの“おんなともだち”ツボイ・トウコ嬢であった。
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「ごめんねー」そうほほ笑みながら彼女は後部座席の我々に声を掛けると、「ほんとオジャマじゃないかなあ?」と訊いて来た。
が、しかしそれは「今日、空が落ちて来たりしないかなあ?」という類いの質問と同じである。
「あ、あ、あ、あ、」と、となりのロクハが顔を赤くしながら言い、
「とんでもない!」と、リーダーは答えた。「きっとみんなよろこぶよ」
そうしてそれから、我々の乗った2代目トゥデイは出発したのだが、その際の振動は、およそオートマチック車らしくないギックリとしたものであった。
(続く)




