第十話:兄と妹と姉と弟(その8)
【土曜日。14時47分】
「え?じゃあ真琴はいま月島なの?」
と、こちらは場面変わって、そんなこんなな富士子や詢子たちのいる千駄ヶ谷から離れること西に約15km、時間的に12分ほど戻った地点&時点。こちらは『山岸さん家の三姉妹』が次女、鷹子・カスティリオーヌ (38)である。
彼女はいま、石神井公園駅前で偶然出会った樫山泰仁 (31)をさそい、駅前南口スグそばの『月乃兎珈琲・石神井公園店』に雨宿りも兼ねて入っているのだが――、
「ええ。しかも僕からのメールで行ったって言ってるんですけど――」と、泰仁が答えようとしたところで、
「ねえねえ、お姉さま、この“スフレチーズケーキ”たのんで、私と半分こしません?」と、宇尾緑葉 (11)がふたりの会話に割って入って来た。「ねえー、とっても美味しそうじゃありません?」
「え?あー、うん。美味しそうね。いいわよ別に、緑葉ちゃんひとりで食べても」と、鷹子。泰仁との会話を続けようと、「でも、だったらなんで“お兄さん”は石神井に――」と言い掛けたのだが、今度は、
「えー、半分こがいいんですうーー」と、物理的にもふたりの間に割って入りながらの緑葉。「あ、でしたらー、こっちの“チョコモンブラン”もいっしょにたのんでーー、ふたつとも半分こしましょうよーー」そう鷹子のうでに手をまわしながら続ける。
「え?あ、あー、うん。じゃあそうしましょうか」と、鷹子。「でも、真琴のメアドで間違いなかったんですよね?」そう言ってふたたび泰仁のほうに向き直ると、
「ええ、改めて確認しても確かにアイツので――」と、泰仁も応えようとしたのだが、
「じゃあじゃあ、注文しちゃいますね、ね?ね?ね?飲みものは?コーヒーでいいんですか?私まだ飲めないんですよねーー、あー、でもちょっとがんばってみようかしらーー」と、こんども会話に入りこもうとする緑葉。
「あ、ごめんねー、緑葉ちゃん。私ちょっとこっちのお兄さんと大事なお話があって――」
「えー、ケーキよりも大事なおはなしですかあーー?」
「ごめんねー、すぐ終わるから」
「別にいいんですけどーー」と、くちびるをとがらしながらの緑葉。「そもそもこの“おじさん (注1)”いったい誰なんですかあ?」
「あ、そうね。紹介がまだだったわね。こちら私のお友だちで、私の弟ともお友だちなんだけど、樫山泰――」
「“お友だち”?――でも、このひとさっきからお姉さまの胸ばっか見てますよお? (注2)変態なんじゃないですかあ? (注3)お顔も貧相ですし (注4)」
「ちょ、ちょっと緑葉ちゃん?――ごめんね、“お兄さん”。子どもの言うことだから――」
*
「なあ――」と、そんな彼らからすこし離れたテーブルで角刈りの男性が言い、
「どうした?」と、その向かいにすわる角刈りの女性が応えた。「わたしの“バニラスフレ”なら分けないぞ」
「いらねえよ」
「そうか。なら安心した」
「安心って――ってか、俺たちいつまでこれに付き合うんだ?」
「決まっているだろう。緑葉さまを無事お家に送り届けるまでだ」
「いや、そうだけどさあ――ったくサッサと帰ってくんねえかなあ?」
「そう言うな。外は雨だし、さきほどの爆発物――らしきもの?の件もあるし……、それに――」
「あ?」
「あの男性、なにか見覚えがあるな」
*
「えー、そんなアニメ知りませんよーー。子ども向けとかじゃないんですかあ?」と、まだ11才の宇尾緑葉が言って、
「あ、うん。だから知ってるかなって想ったんだけどね」と、彼女より20才も年上の樫山泰仁は応えた。「いまのところ、これが僕のいちばんの代表作で――」
――相手が小学生でも女の子の扱いが苦手なのは作者と同じですね。
「そんな子ども向けばっか書いてるからダメなんですよお、鷹子お姉さまみたいに大人な恋愛を書きつづらないとお」
――そうだね、書けるものなら書きたいね、このワンバナッタめ。
「まあ、書けたら書きたいけどね。でもやっぱり、ああいうのは鷹子先生みたいな素質が必要で――」
「まあ確かにおじさん、恋愛とかには縁がなさそうですもんね――」
――うっさいなあ、こればっかりは自分ではどうにもならないんだよ。
「あ、でも、大人向けの重厚な感じのSF長編とかもちゃんと書いて――」
「SFってロボットみたいなひとが空飛んだりみどりのバケモノが街をこわしたりするヤツですよねえ?それこそ子ども向けじゃないですかあ、うちのクラスのバカな男子も――」
――あ、このガヴュロベタ娘、泰仁くんの悪口は許してもSFへの悪口は許さねえぞ。こうなったら作者の特権を利用してケーキになにかヘンなものでも――、
*
「ちょっと、作者さん。もうすこし静かにしてくんない?」
――いや、でも鷹子さん。このンヘヒョロっ子が……、
「この年ごろの女の子なんか生意気が当たり前なんだからさあ、こっちが大人になって許してやんなさいよ」
――でもほら、泰仁くんも困ってるし、鷹子さんからもなんとか言って……、
「“お兄さん”なら大丈夫よ。なんだかんだで我慢強いんだから」
――しかしここは…………って、さっきからなんか考え込んでます?
「うん?あー、いや、なーんか、こう、さっきから頭のなかがモヤモヤってしてる感じがあって…………“お兄さん”のアニメの関係で、なーんか、こう想い出すことがあったようななかったような――」
――ああ、それだったら多分“知覚フィルター”の影響ですよ?
「……………………は?」
――さっきの“魔法使い”がいつの間にかピエロのメイクを落としてたでしょ?あれって実は……、
「……どしたの?」
――いや、なんか護衛の人がこっちに来てるんですけど……、
*
「あの、すみません――」と、すこしためらいながら角刈りの女性が言い、
「はい?」と、その筋骨たくましい身体にすこし怯えながら泰仁は応えた。「……私ですか?」
「とつぜん失礼かとは想ったのですが、お嬢さまとの会話が漏れ聞こえて来まして――」
と、泰仁の1.5倍はあるだろう胸筋や上腕二頭筋をモジモジッとさせながら角刈り女性。
「ちょっとーー、かってに話を聞かないでよ」と、緑葉が言い、
「すみません、お嬢さま」と、今度は胸のハートとホルスターをキュッと抱きしめながら女性は応えた。「ただ、どうしても気になったことがあったもので、そちらの男性に質問が――」
「――質問?」
「え、あ、はい」
そう言うと女性は、あこがれの人のまえで緊張しているためでもあろうか、左胸のМ37がチラ見していることにも気付かぬ様子で、
「あのうーー」そう泰仁のほうに向き直りながら、「ひょっとして“椎野仁美”先生じゃありませんか?」と、訊いた。「以前、『蒼穹のアリシア』を書かれていた――」(注5)
(続く)
(注1)
31才だから確かに“おじさん”でも間違っちゃいないんだけどさあ……、このあとけっこう凹んだりした。
(注2)
鷹子さんの胸だよ?テーブルの上にドンッて乗ってたりするんだよ?それは…………見るなってほうが無理なんじゃないの?
(注3)
そーゆーことにはならないよう、十分注意はしているつもり。
(注4)
もうさー、ゆるしてくれよ。なーんで、子どもってこんなに残酷になれるの???
(注5)
第六話“その3”を確認のこと。
泰仁くん的には、彼の得意分野は、
①重厚長大なド直球SF。
②膨大な取材と考証に基づく歴史小説。
③①や②を子どもにも分かりやすく読みやすくした児童向け作品。
④その他、想い付くまま気の向くまま“こんなのあんまり読まれないだろうな”と書いたその他の作品。
――となっているようである。
であるがしかし、ここで名前の出た『英國騎手物語:蒼穹のアリシア』を始め、ファンの間で人気が高いのは何故か③や④の作品群であったりする。――件のアニメ化作品も③だしね。




