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第十話:兄と妹と姉と弟(その7)

【土曜日。14時59分】


 さて。


 2009年に惜しまれつつこの世を去ったフランスの社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、その著書『構造人類学』のなかで、次のようなことを書いている。


『親族は静態的な現象ではない。それらが存在する唯一の理由をあげるとするならば、それらは――簡単に言うと――それらを存続させるために存在する。

 私たちはいま、人種を継続させる欲望についての話をしているのではない。

 ではなくて、私たちが話をしているのは、ほとんどの親族体系では、任意のある世代において女を譲り渡したものと女を受け取ったものの間に発生した不均衡は、後の世代での反対給付という形でしか相殺され得ないという簡単明瞭な事実について話をしているのである。』


 なるほど。


 さすがは民俗学者兼構造主義者のストロース氏である。毎度のことながら物事の本質というやつを鋭く突いて来られる。


 たしかに。


 我々人間社会では、男は女を別の男から受け取るしかなく、渡す側の男は別の男に女を――娘や姉妹を――渡すしかなく、これは、彼らの思想や主義とは無関係に、簡単明瞭な事実でしかない。


 が、それでも、この言い方が当時の多くのフェミニストの方々を刺激することになった。


 そう。


 つまり、“女を譲り渡した”とか“女を受け取った”とか“(女の)反対給付”などといった書き方が『まるで女をモノ扱いしているではないか』と、彼ら彼女らの反感を買ってしまったのである。


 そのため、この『構造人類学』も彼ら彼女らの焚書リストに見事書き加えられることになったのだが、やはりそれは、明らかに間違えたものの捉え方であろう。


 と云うのもストロース氏は、男女とも平等に“モノ扱い”していたからである。


 と云うか、もう少し正確に書けば、彼は『女=価値のあるモノ』『男=価値のないモノ』として、話を進めているのである。――すこし考えてみよう。


 “親族の存続”を考える際、その構成員の譲渡・譲受について、なぜ男が「交換の主体」であり、女が「交換の対象」であるのか?


 男が女をモノ扱いしているから?


 違う。


 そんな目で女を見るような男が存在するはるか以前から構成員の譲渡・譲受は行なわれて来た。


 旧弊な家父長制が女に望まぬ結婚を強いるから?


 違う。


 「旧弊な家父長制」は“親族の存続”を行なうために作られたシステムのひとつでしかなく、「望まぬ結婚」は、そのシステムの機能不全から発生するものである。


 もう少し単純に考えてみて欲しい。


 “それら (=親族)は、それらを存続させるために存在する。”


 そう。


 “それらを存続させる”この一事において、女には十分な価値がある。


 が、しかし、こう書いては男性の方々に大変失礼かも知れないが、こと親族を存続させることにおいて、男というものは“ほとんど無価値”である。


 男は親族を再生産しない。と云うか、出来ない。


 新たな構成員を望む親族において、女は何人いても良いが、男は極論、健康な生殖能力を持つものが一人いれば十分である。


 確かに。


 親族を継続させて行くためには、生殖能力以外の能力――戦争に行ったり、24時間働いたり、定期預金の残高を地道に積み増してほくそえんだりするという能力――が求められることもままあるだろうが、それらは所詮副次的なものである。


 であるからして多くの女性たちは、


「ねえ、わたしと仕事、どっちが大事なのよ?」とか、


「たまの休日なんだから、(わたしを楽しませるために)もっとのんびりしましょうよ」とか、


「(どんなに戦争が楽しくっても)はやく……きっとはやくて帰って来てね」とか、


 そんなことを言っては、仕事や趣味やひとごろしごっこに現を抜かそうとする野郎どもを牽制するのであり、もしも彼女たちのこの問いに、


「え?――言わなくても分かってるだろ? (仕事に決まってんじゃん)」とか、


「ごめん。部長とゴルフに行く約束をしちゃって」とか、


「それでも、オレを待っている戦友ともがいるんだ」とか、


 そんなことを言ってしまう男は、その当の妻なり彼女なり婚約者なりから見放されて、“親族の再生産”という本来乗っかるべき流れから放逐・追放・排除・パージされることになるのである。――うん。みなさん、気をつけましょうね。


 で。


 が、


 それでも、


 しかし。


 もちろん。右に書いたようなことはあくまでも“基本的には”の話であり、環境が変われば事情もちょこちょこと変わる。


 それは例えば、戦争で男がいなくなれば、この“親族の存続”のために、その親族を代表する女が「交換の主体」として振る舞わなければならなくなるようなことであるし、


 また例えば、


『このクソ親父、マジで使いもんにならねえ』


 と、責任感のやたら強い長女が、14才年下のカワイイ弟君のためにひと肌脱ごうと考えた場合も同様で、彼女は、多分にみずから喜んで、その「交換の主体」として振る舞うことになるのである。


     *


「もちろん。“いますぐに答えを出して下さい”などと、無体なことを言うつもりは毛頭ありません」


 と、まるで『本社に持ち帰って、上司の方とよく相談していらして――』とでも続けそうなトーンとテンションで大樹富士子 (42)は言った。


「ただね、詢子さん。あなたも既にお気付きかとは想いますけれど……あなた真琴に、異性として、それなりの興味はお持ちなんでしょう?」



(続く)

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