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第八話:十九の春と二十九の春(その5)

「するってえと、なにかい?別れた奥さん――じゃなかった恋人はいまは他の女性の奥さんで、だけどマコトちゃんの子どもを身ごもっていて、しかもその子は、そっちの奥さんふたりが責任を持って産んで育ててくれることになってるってことかい?」


 と、昭和三十年代生まれにしては珍しい柔軟な思考と元・江戸っ子らしい早口で三尾直克 (58)は言った。――うん。お父さんよく理解出来ましたね。


「いやはや、スゲー話だけどよ、しかしそれでも、どーしても分かんねえ点がひとつ」


 ――なんですか?


「なーんで、漱吾みてえなアホに名付け親なんか頼んだんだい?」


     *


 と、言うことで。


 こちら場面戻って、いつもの街の喫茶店。いつもの『シグナレス』のいつものソファである。――が、いつもの6人+直克さんのおしゃべりはまだまだ続いているようですね。


     *


「いやあ、父さん。それが“どうしても大親友の漱吾さんにお願いしたい”って真琴が言うもんだからさ――」


 と、三尾漱吾 (31)が言って (注1)、


『は?!』


 とばかりに、山岸真琴 (28)を含む残り5名は一様に彼の方を向いた。


 そうして、


「あのですね、漱吾さん――」


 と、皆を代表して真琴が――一番の被害者 (予定)だからね――彼に苦情を申し立てようとしたところで、


 タンタタッタンタ。


 タンタタッタンタ。


 と、彼のスマートフォンが鳴ったので (注2)、この異議申し立ては一旦水入りされることになった。


 それから、


「ちょっとすみません。――なに?姉さん」


 そう言って席を立つ真琴のうしろ姿を見ながら直克が、


「それで?もういくつか考えてんのかい?」と、その息子に訊いた。「カワイイの考えてやるんだぞ?マコトちゃんの子ならきっと別嬪さんになるからな」


「そうなんだよ、父さん。真琴もそうだけど、赤ちゃんのお母さんもその奥さんも美人でさあ――まあタイプは違うけどね――きっと三人の誰に似ても絶対カワイクなると想うんだよね (注3)」


「まあな、名付けってのは難しいからな、悩むことがあったらすぐ相談しろよ?なんてったって俺には五人分の名付けの経験がある (注4)」


「いやあ、でも、ひとりで考えてこその名付け親って感じもあるし――」


「いやいや、そうは言うけど、俺もその子の大伯父になるわけだからよ――」


 と、まあ、聞けば聞くほどツッコミどころ満載の親子の会話は続いて行き、だもんだから、


『なあ、誰がツッコむ?』


 と、残りの四人 (泰仁・詢子・伊純・グリコ)は互いに互いを牽制し合い無言を貫いていたのだが――、


 ガタン!


 と、ここで突然樫山が、


「あ、ちょ、ちょっと失礼――」


 と、不意に立ち上がると――なにか不吉な予感でもしたのだろうか――お手洗いの方へと駆け込んで行った。


 すると今度は、まるでそれと入れ替るかのように電話をしに出ていた真琴が戻って来て、


「すみません。皆さん」


 と、言った。


「なんか鷹子姉さんが急にウチの台所貸してくれって言い出してまして、カギだけ貸すのもアレですんで、今日はもう戻らせて――あれ?先輩は?」


 すると、この彼の質問に、


「なんか急に立ち上がってさ」と、先ずは詢子が返し、


「トイレっぽかったですけどね――」と、グリコが続け、


「そうね、なんか青い顔してたし――」と、伊純が答えた。「なんだかんだでお腹弱いわよね、お兄さん」(注5)


 すると今度は、


「あ、なら俺たちもそろそろ戻る?」と、漱吾が言い、


「うん?」と、腕時計を確かめながら直克が答えた。「ああ、そうだな。晩飯の買い出しもまだだし――今日は久しぶりに俺が料理してやろう」


 それから漱吾は、


「だな。――伊純たちはどうする?」


 と、続けて我らが“千駄ヶ谷ガールズ”に訊いたのだが、訊かれた彼女たちの前には――漱吾親子のボケを聞き流すのに忙しかったのだろう――食べかけのケーキや飲みかけのドリンクなんかがまだまだドンッと残っている。


 なので、


「なんだ、まだまだかかりそうだな」と、漱吾は言い、


「そうね。もう少しここにいるわ (誰のせいだと想ってんのよ)」と、伊純は返した。


 それから、


「了解、了解。――樫山にはよろしく言っといてくれ」と、荷物をまとめながら漱吾が言い、


「じゃあな、伊純ちゃん、グリコちゃん、詢子ちゃん。漱吾との件、少しは考えてみてくれよ?」と、直克は続けた。


 ――けど、だからお父さん。それは流石に無理がありますって。


     *


 さて。


 三尾直克の大伯父――中野弥生町で突然死したっていうあの人ね――は、と言うか“も”と言うかは、たいそうな美丈夫・健啖家で、こちらも漱吾同様たいそうオモテになっていたようである。


 なので。


 “生涯独身だった大伯父”とは言っても、彼の周りから女性の影が絶えたことはなく、有名どころであれば昭和時代劇の花形スターでもあったA女史、一風変わったところであれば遺伝子工学界隈ではそこそこ有名であったB教授なども彼の“ガールフレンド”のひとりであったりなかったりしたらしい。


 が。


 らしいのだが、やはりそれでも、三尾の男子特有の見る目というか呪いというかがあったのだろう、この“ガールフレンド”連中は、誰ひとりとして、例えばその大伯父の財産を狙ってやろうみたいな考えを起こすようなことはせず、例えば彼の通夜においても、居並ぶ歴代ガールフレンドたちは、金の話はもちろん、互いに罵ったりいがみ合ったりドロ沼キャットファイトに突入することなんかもなく、この大伯父の過去の罪悪を肴にしては酒を飲み、互いの恋愛エピソードを語り合っては呵々大笑し、そうして最後には肩を組んで『ドレミの歌』の大合唱をしたと言うのであるから――なにそれ?どこのユートピア?


     *


「あんた!それはホントのことかい?!」


 と、ことある毎に中野弥生町の大伯父の女癖の悪さを難じ立てていた直克の妻・千枝は、その大伯父からまわり回って直克へ相続されることになったと云う遺産の内容を訊くやいなや、


「あー、もー、やっぱりね。あー、もー、やっぱりね。私はあのひと、見た目は悪ぶってても絶対に中身はいいひとなんだろうなって想ってたのよ。――もらいましょ、もらいましょ、もらえるものはすべて貰いましょ!!」


 と、まさに手のひら返しのお手本のようなことを言ってのけつつ、そのいつでもヒグマの一頭や二頭なら殴り殺せるであろうふたつの太い腕をクルクルクルと廻しながら踊りを踊り始めた。


 が、困ったのは、直克が遺産を受け取るために大伯父が設けた条件である。


 というのも、この遺産を相続するためには、最低十年、家族全員で、その中野弥生町の家に住まなければならなかったからである。



(続く)

(注1)

 だから、言ってないって。(第二話“その14”)


(注2)

『時をかける少女 (アニメ版)』の挿入歌のイントロ部分。――そうそう。真琴ちゃんが最後のタイムリープをする時に流れるアレ。


(注3)

 うん?


(注4)

 長男 (栄之助)、長女 (千佳子)、次男 (漱吾)はさておき、最後の双子の名前は――きっと名付けに飽きたのだろう――「三太」と「次子」である。


(注5)

 第五話“その14”を確認のこと。

 あの時のやり取りもあって『樫山=お腹の弱い人』という図式が伊純の中では出来上がっていたりする。

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