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第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その12)

 さて。


 運命の神さまだか“ああっ女神さま”だかは知らないが、どうもやはりこの宇宙には、人間の運命とか宿命とか因縁とか呼ばれる糸のようなものを押したり引いたり繰ったりワチャワチャにしたりしては喜んでいる何者かが存在しているような気が――少なくともこの作者には――してならない。


     *


「へ?なに?呼んだ?」


 ――別に貴女のことじゃありませんし、それにそもそも貴女は“時の女神”でしょ?


「あ、そっか。そやったね」


 ――まったく、とつぜん出て来て突然話の腰を折るのやめて下さいよ。


「はいはい。ごめんごめん。――続けて」


     *


 えーっと?


 と、まあ、そう言うことで。


 なんだかとつぜん話が逸れてしまったが、私が言いたかったのは、この日、この夜、この“ちょっとお高めイタリア料理店”における山岸真琴 (28)と清水一伽 (25)の食事会 (お見合い会)においても、そう言った“ワチャワチャにしたりしては喜んでいる何者か”の介在があったのではないか?――と、この作者には想われた、と言うことであった。


     *


 ブー、ブー、ブー。


 と、佐々木百合子 (27)のハンドヘルドから無粋な振動音がしたので、


「どしたの?」


 と、すこし不安な気持ちになりながら、中谷あきら (25)は訊いた。――彼女はまだ、前菜の小エビをひと口かじっただけである。


 すると、この問いに百合子は、


「あ、うん。ちょっとね」


 と、こちらもこちらですこしばかりの不安を感じながら――あきらの肩ごしには彼女の元恋人の姿が見える――答えた。


「クリニックからのメールなんだけど――電話して来てもいいかな?」


 そう訊く百合子の言葉にあきらは、笑顔を作るよりも早く、


「もちろんよ、仕事でしょ?」


 と言って応えると、


「ごめんね、すぐ戻ってくるから」


 と席を立つ百合子の後ろ姿をさみしく想いながらも、


「気にしないで、先に食べてるから」


 と、誰も見ていないと分かっていながら、その薄い口元をそっと上げてみせた。


     *


「それで、その繊維を作るための機械を、正確にはその一部なんですけど、を作れる工場というのが日本にはもうないそうなんですね――」


 と、運ばれて来た子牛のバラ肉を慣れた手つきで切り取りながら清水一伽は話を続けていたのだが、ここで一旦ことばを切ると、


「――どうかしました?」


 と、目の前に座る男性・山岸真琴に訊いた。


 彼は先ほどから、一伽のうしろ――彼の元恋人であり、目下彼の子どもを妊娠中の女性が座るテーブルが気になって仕方がない様子で、いまではとうとうフォークもナイフも皿の上に置いたままとなっている。


「山岸さん?」


 と、ふたたび一伽は訊いた。


「――どうかしました?」


 すると、やっとここで彼女の声が届いたのでもあろうか、当の真琴は、


「あ、いや」


 と、一瞬たじろいで見せると、そのまた一瞬後には、スッと背筋を伸ばし、


「彼女――」


 と、そう一伽にうしろを振り向くよう促しながら、


「こっちのテーブルに呼んじゃダメかな?」と、訊いた。


     *


「エースのスリーカード」と、三尾漱吾 (31)が自慢気に言い、


「なるほど」と、深く腕組みをしながら樫山泰仁 (31)は応えた。「悪いな、こっちはフルハウスだ」


「なに?」


「どーだーー」


「ちくしょー、やられた!もうひと勝負だ!!」


「おうよ、望むところだ!」


 と、ふたりのギャンブラーは新たなコインを一枚ずつ場に置いたのだが――、


「ねーねー、そろそろ他の遊びしようよーー」


 と言う佐倉伊純 (29)の声に気を殺がされると、それでも、


「うるせえ伊純。負けたままで終われるかよ」


「ごめん。伊純くん。あともうひと勝負だけ」


 と、なかなかクズなセリフで応えた。


「だってそれ、ぜんぜん分かんないんだもん」


「スマホでググれよ」


「ググってすぐ分かるもんじゃないでしょ?」


「いや、ルール自体は単純だから、初めての伊純くんでもやろうと想えば出来ると想うよ?――ね?森永くん?」


「あー、まあ、役を憶えるのが大変なだけで……スマホ見ながらとかならいけるんじゃないですか?」


「あ、だったら、僕が席を代わるからさ、試しにやってみたら?」


「えー」


「来いよ、伊純。ぶっ潰してやる」


「は?なにその言い方?――いいわよ、やってやるわよ」


     *


「あ、いや、もちろん、変な意味で言ってるわけじゃなくて――って、なにが“変な意味”なのかもよく分からないんですけど。

 なんかさっき、百合子さんがカバン持って出て行って――あ、その後いちど戻って来て、彼女とひと言ふた言交わしてたんですけど、それからまた出て行って、それからずっと戻って来てなくて――」


 そう真琴は説明というか弁解というか釈明会見というかを延々と続けていたのだが、そんな彼の説明を受ける一伽は一伽で微笑むべきか首肯すべきか手にしたナイフでこの男のキレイな顔に一生消えない十字傷でも作ってやるべきか悩んだままフリーズしていた。


 なので彼女は、


「だからなんか、食事も進んでないみたいだし――妊婦だからしっかり食べないといけないのにさ。

 で、窓の外ばかり見たりしてるし――百合子さんの残して行ったワインとか飲み始めたらマズイじゃないですか?安定期に入ったとは言え妊婦なんだから。

 それに――それにやっぱり、なんだか、こう、背中がさみしそうで――ほら、妊婦さんにはやさしくしないといけないワケじゃないですか?

 それに、それに――」


 と、そう必死で自己弁護を続ける真琴の顔を見ながら、


『なんでこの人、こんな無駄にキレイな顔してるのに、なんでこんなに無駄にバカみたいに見えるのかしら?』


 とか、そんなこのお話の作者ですら答えられそうにもないことを考えていたのだが、そこに、ダメ押し的に真琴が、


「だって、それに…………お腹のなかの赤ちゃんはぼくの子ですし――」


 と、そんなどないにもこないにもならんことを言った瞬間、なんだかもうすべてを合点したというか、感心も得心も納得もしたというか、もう、こう、なんだろう?――すべてがバカバカしく想えて来た感じがしたので、


 プッ。


 と、我も知らずにふき出すと、


「山岸さん、山岸さん」


 と、彼に向けようかどうしようか悩んでいたナイフとフォークを皿の上に落ち着かせてから、


「分かりましたよ――山岸真琴さん」


 と言って答えた。


「彼女にも、こっちのテーブルに来てもらいましょ?」



(続く)

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