第一話:BL作家と六月の花嫁(その10)
プシッ。
と、次の一本も開けてごくごくと飲んだ。
「そうそう、それからハガレンにもハマっててね」
「“ハガレン”……ってなんですか?」
とりとめのないことばかりをしゃべっているのは自分でも分かっていたし、浮いたり沈んだりの気分のくり返しと久々のアルコール (度数控えめ3%)というのは用心が必要な組み合わせだったけれども、いちばん最初に現れた影響がその用心を忘れることだったのだから自分では如何ともしがたい。
「いろいろあったわよ?リンエドとかハイエドとかアルエドとか?」
――なんかエドばっかりね?
*
というわけで。
樫山詢子 (27)は、このあたりが切りあげ時だろうな?とは想いつつも、ついつい目の前に座るキレイなひとへのサービスのつもりで、自身の性癖を――まあ、それなりの理性を保たせながらだが――開陳しはじめていた。
――ゲイがきらいな女子なんていないでしょ?
*
「そう。そうなのよ」と、とろんとした笑みを浮かべながら詢子。「最初は『カード○ャプター○くら』のお兄さんと△△さんだったの」
すると、そんな彼女の鼻のあたりを見つめながら真琴は、
「N●Kでやってた?」と言って、手にしたクッキーサンドを口の中に入れた。「そう言えば友だちがはまってたような?」
「そうそう。そうなのよ」と、ふたたび詢子。「誰しもが一度は通る道なのよ」
そう言うと彼女は、クスッとほほ笑むと、何度めとなるか分からない“度数控えめ3%”をごくごくごくっと飲んだ。
「でね、その鉱脈を掘り起こして行くと、その先には太古の古の大昔より伝わる先賢たちの…………」と、ここで言葉を切って考えて、使う言葉を選び直した。
「つまり、私たちの先輩たちが築き上げて来た王国?秘密の花園?が…………“秘密の花園”って言えば『●の善き魔女』は読んだ?」
「いいえ」と、真琴。
「あの第二巻が『秘密の花園』ってタイトルでさ――」と、詢子は聞き手に向かって言ったつもりだったのだが、その聞き手の輪郭は次第に揺れたり霞んだりぼやけたりしている。
――神さまは不公平よね、世の中にはこんなに美しいひとがいる。
「――で、そこでは、そこの女の子たちが通う学校での……」と、ふたたび使う言葉を選び直しながら詢子。
「その……女の子たちによる“活動”と“活用”とその“文化”が描かれるワケなのよ――」
また“度数控えめ3%”をあおった。
飲むのは何年ぶりだろうか?
ひとりになった時は飲めなかった。
いくら飲んでも飲み足りない感じがした。
――兄はどこに行ったのだろう?
「そう言えば兄さんは?」
「あ、なんか、編集のひとから電話がかかって来たからって、ベランダのほうに」
と、樫山の居るほうへと振りむきながら真琴。
白いうなじとほつれた黒髪がキレイだ。
『BLやめて百合でも描くか?』と言った漱吾の言葉が想い出された。
――うん。まあ、相手がいればね。
「にやけてた?」と、詢子が訊くと、
「うん?」と、こちらを振り返りながら真琴が言った。「誰がですか?」
「兄さんが」
「先輩が?」
「兄さんさ……」これは嫉妬だろうか?いやがらせだろうか?「あの編集のひとのことを好きなんだな、これが」
嫉妬だとしたら、誰の、なにに嫉妬しているのだろうか?
「……先輩がですか?」
「そう。隠してるつもりらしいけど、当人たち以外にはバレバレ」
「……“たち”ってことはお相手も?」
「うん。坪井さんも隠してるつもりらしいんだけど、みーんなにバレバレ」
「ああ、」と、ここで真琴は、すこしだけ笑うと、慎重に言葉を選びながら、「それは……先輩らしいですね」と言って、ふたたびベランダに居る樫山のほうを見た。
すると、この真琴の態度にきっとなにかを勘違いをしてしまったのだろう詢子は、「だからね、」と言って、また“度数控えめ3%”をあおった。
「だから、真琴さんには悪いけどさ、いまの兄さんはさ、その坪井さんってひとに夢中なんだよね、これが」
(続く)




