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第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その10)

「では、いつかは京都に戻られるんですか?」と、山岸真琴 (28)は訊き、


「ええ、父とはそういう約束になっています」と、本日の彼のお見合……じゃなかった食事相手のお嬢さま (注1)清水一伽 (25)は答えた。「母は“そんなこと気にしなくて良い”って言ってくれてますけどね」


     *


 と、いうことで。


 こちらは場面戻って“ちょっとお高めイタリア料理店”。前菜を食べ終わったふたりが次のパスタが出て来るのを待っているところである。


 と言うか、こちらもこちらで良さそうな雰囲気だなあ。――大人っぽくて。(注2)


     *


「それは……一伽さん的には“京都より東京の方が良い”とか、そういうのがあったりするんですか?」


「うーん?正直まだよく分からないんですよね。仕事も――まあ、この仕事も父の伝手で入ったようなもんなんですけど――ちょうど面白くなって来たところですし」


「三年目?でしたっけ?」


「そうそう。やっぱり先輩とかに聞いてもこの年ぐらいから仕事もどんどん面白くなっていくらしくって、この先どうなるんだろ?みたいな楽しみはあったりしますね」


「なるほど。そんなタイミングでご実家に戻るのもちょっとくやしいかも?ってことですね」


「ええ、そうなんです。――あ、けど、でもあれですよ?母の言いたかったのはそういうのとはまたちょっと違いますよ?」


「と言うと?」


「“東京で好きなひとが出来たりしたら、戻って来なくても良い”って意味です。――父との約束の中には“戻って、見合いして、家を継げ”ってのが入ってますから」


「あー、なるほど、それは――」


「ですからね、いちばん良いのは“一緒に京都へ来てくれるステキな旦那さま”なんですけど――」


 と、ここまで言って一伽は、自分の発言の不用意さに気付いたのか、そのよく手入れされた右手で、こちらもまた入念にリップされた小さな口を押さえると、


「あ、す、すみません。初めて会ったばかりの方にこんな話――」


 と、狼狽を隠す素振りも見せずに――と言うか、どこまでが自然体なのかも分からないんだけどさ――自身の目的を明確に伝えつつ、且つそれに恥ずかしさも感じているような口ぶりで、続けた。


 そんな彼女の身振り口ぶりに真琴も一瞬驚いたが――術策にはまり掛けたが――ふっと笑うと、


「いえ全然。とても興味深いですよ」


 と、彼女の言葉に更に耳を傾けようとした。


 したのだが、それはさておき困ったことに、ここで――、


「プリモ・ピアット、お待たせ致しました」


 と、パスタを運んで来た初老のウェイターがそんな彼の傾聴姿勢を一旦止め――、更にそれに続くかのように、


「あら?マコトくん?」


 と、よく日に焼けたドレス姿もたくましい佐々木百合子 (27)が、そんな真琴に声を掛けた。


「珍しいわね、こんなとこで会うなんて」


     *


「そうそうそれでね」


 と、ビールに酔いかけた目で楡尚紀 (28)は続けた。


「こっちもちょっと怖かったんだけどさ、そのまま引き下がるのもちょっとシャクじゃない?で、急いで残りの四枚をつかみ取ってさ――こう」


 と彼は、右手に持った架空のクッキーを一気に口へと放り込むと、


「バリバリバリバリ、ムシャムシャムシャムシャ、ごっくん。――ってしてみせたワケさ」


 と言った。


 こちらはまた場面移って“かーなりリーズナブルなスペインバル”のふたり掛けテーブル席である。


 すると、この尚紀の言葉に、


「それホント?あなたが?」


 と、こちらはこちらでノンアルコールビールに――というか場の雰囲気に――少々酔った感じの樫山詢子 (27)。


「相手のひと大丈夫だった?」


「うーん?なんだかすっごく驚いてた」


「怒ったりは?」


「ううん?ちょっとは怒った顔を見せたけど、それでも驚きの方が大きかったんだろうね、そのままテーブルから立ち去って行った――ぼくの勝利」


「まあでも、そもそもあなたのクッキーを勝手に食べ始めたのはその人だもんね?」


「そうだよ。だからぼくもイスに座りなおして――こう」


 と、今度は左手に持った架空の缶コーヒーを右手でプシッと開けると、


「ゴクゴクゴク。――と、勝利の缶コーヒーを味わったわけさ」


 と、続けた。


「やったわね」と、詢子が言い、


「うーん?」と、尚紀は少し首を傾げた。


「なに?」


「それで、まあ、勝利の余韻を味わったからさ、今度はやっと本来の目的である新聞を読もうとそれを取り上げたんだけど――そしたらそこに、それがあったんだよ」


「……なにが?」


「新聞の下に隠れていた――ぼくの買ったクッキー」


「……あ?!」


「そりゃ、あの人も怒るし驚くし呆れるよね?――“誰かが観測することで結果が定まる”――お兄さんの言うとおりだった」


     *


「真琴さん、紹介して頂けます?」


 と、席からゆっくり――臨戦態勢に入りながら――立ち上がったのは清水一伽(25)であった。


 と云うことで、行ったり来たりで大変申しわけないが、こちらはまたまた“ちょっとお高めイタリア料理店”の真琴くんたち一行である。


 が、ここで一伽の言葉に先に応えたのは――彼女の臨戦態勢に気付いたのは――真琴ではなく百合子のほうであった。


 なので、彼女はスッと半歩を歩み出すと、


「どうもはじめまして」


 と、“敵じゃありませんよ”的な声と態度で彼女に自分を紹介した。


「佐々木百合子と言います。歯科衛生士をしていて、真琴さんは、以前の患者さんのひとりでして――」


 と、『私は男に興味がないから安心して』と言えればどれだけ話が早いだろうなあ……とその灰色だか金色だかの脳細胞をフル回転させながら彼女は次の言葉を探していたのだが、それはさておき困ったことに、今度は、


「あら、マコトじゃない?」


 と、こちらはこちらでドレッシーな――と言っても妊娠16週目でお腹も目立って来ている――中谷あきら (25)が彼女たちの会話にはいり込んで来た。


 なので今度は、少々トゲのある声になりながら、


「こちらは?」と、一伽が訊き、


「あー、マコトの昔の恋人です」と、敵意も害意もない感じであきらが応え、


「あ、でも安心して下さいね」と、そんなあきらをフォローするつもりで百合子が、「今は、私たちが、そうなんで」と、あきらの腕を取りながら言った。


 すると一伽は一瞬、あまりの情報量の多さに思考がフリーズし掛けたのだが、それでも、どうにかこうにか最新型のパソコンのようにすぐさまウィンドウを立ち上げ直すと、


「あっ」


 と、得心も感心もしたと言う顔で、先ずは真琴の困ったほほ笑みを、次に目の前のカップルの仲睦まじい態度と表情を見て、


「そう言うことなんですね――」


 と、諸々了解しようとしたのだが、いやそれでも待てよ?――と、カップルのひとりのお腹の大きいことに気付き、


「あれ?でも――」


 と、ふたたびの疑問符を作り掛けたので、それに応えるように真琴が、


「あ、お腹の子は、ぼくの子なんです」


 と、正直に――しかし言い方とタイミングを間違えている感じで――言った。


「はあ――」


 と、毒気を抜かれたと言うか呆気にとられた感じの一伽。


 だがまあ、話は始まっちゃってるので、そんな彼女はほっといて、


「あ、でも、生まれた子は私たちで引き取るんですよ?」


 と、あきらが続け、


「性別も分かってるんですけど、マコトくんは聞きたがらなくて」


 と、百合子もつい余計なことを言い、


「だから、それは出たときのお楽しみにしたいって言ってるでしょ?」


 と真琴が、さらに輪を掛けて余計なことを言ったところで、


「あ、はい。分かりました」


 と、必死に隠していた京都弁を滲みださせながら一伽は応えた。


「ほかに知っとうべきことあるようでしたら、いまんうちに言うといてくださいね?――真琴さん」



(続く)


(注1)

 まさかこのお話で“お嬢さま”と堂々と書いても恥ずかしくないキャラが出て来るとは想ってもいなかった作者なのであった (涙)


(注2)

 まさかこのお話で“大人っぽくて”なんて字面を臆面もなく使う日が (以下略)


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