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第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その9)

 さて。


 その昔、ソクなんとかテスとかいう頑固者がカリなんとかレスとかいう政治家に反論して見せたように、必ずしも生命は「弱肉強食」のルールに則って生きているワケではない。


 と言うのも、生命というのは本当におどろくべき代物であって、どいつもこいつも、自分が生きるのに適した環境を見付けては、そこに住み付き繁殖し、『え?なんでそんなところに?!』と、他の惑星から来た人たちが見たら眉をひそめるようなところですらも平気の平左、快適この上ないと言った顔をして結構楽しく極楽に暮らしていたりするからである。


 そう。


 つまり私がなにを言いたいのかと言うと、生命と云うのは――本当に意味不明ではあるが――、“真夏の東京”という暑くて熱くて篤くて、モワッとしながらボワッとしてて、ジメッとしつつアツッとしていたかと想うとビルに入ると途端に北極とか南極並みのブルッと凍える寒さになるような――いやまあ、こんな言葉だけでは本当は言い表せないのだが――そんな場所にすらも住み付いて、


「本日のオードブルは○○の△△を□□したものを※※しました」


 とか言うシェフの説明を受けつつワインをチーンしたかと想うと頬を赤らめながら愛を語り合っちゃったりすることも出来たりするる――と云うことである。


 え?“結局なにを言いたいのかが分からない”?――あれ?そうですか?


 あー、えー、じゃあ、えーっと、つまり。


 ここは千駄ヶ谷のはずれにあるちょっとお高めのイタリア料理店で、この窓際角のテーブル席ではいままさに、マジのイケメンスタイルに変化した山岸真琴くん (28)が、そのデート相手を待っているところである――と云うことが言いたかったのである。


 ――“である”を続けざまに書き始めたら作家としてはちょっと危ないのである。


 で、それから彼は――え?真琴くんの“マジのイケメンスタイル”がどんなのかって?……そんな難しい説明を私に求めますか?――求めるの?ああ、そう。


     *


 えーっと?


 先ずはもちろん今日は女性の格好はしておりません。シックな紺のイタリアンスタイルのスーツで決めております。


 で、まあ、もちろん夏物なんですけれど――ああ、だからここは敢えてノーネクタイです。そうそう。だからさー、シャツから覗く鎖骨の辺りがまた微妙にエ――セクシーなんですよね、はい。


 でねでね、そもそもイタリアンスタイルのスーツだからVゾーンの辺りも深めでね、それに軽く柔らかい素材でソフトな華やかさを重視した仕上がりが逆に真琴くんの男らしさを強調なんかしたりしてね――なんだかんだで鍛えてるから、あー、こうやって見ると普通にセクシーよね?彼。


 あ、で、それでね?ほら、夏の日差しに焼けたんでしょうけど肌もちょっと精悍な感じの小麦色になっててさあ――女装の時のような白塗りもしておりませんし――長い髪の毛はちょっと高めのシニヨンにして清潔過ぎずラフ過ぎずって感じで襟元や首元も…………って君、髭とか生えないの?


     *


「え?普通に生えますけど?――まあ、薄いとはよく言われますけど」


 ――毎日剃ってる?


「へ?週一とかで良いんじゃないですか?」


 ――中学生かよ。


「はあ?」


     *


 という感じで。


 毎日産毛の処理に追われている毛の濃い女性からは反感を受けそうな彼ではありますが……、と言うか、これでもうちょい髭が濃かったらオバちゃんドストライクやわーー的な仕上がりに仕上がって頂いております。(言葉の重複)


 いやあ、これなら相手の女性も喜ぶでしょうね…………って、そう言えば相手の方は?


     *


「こちらでございます」


 と、いうことで。


 ここでお店の受付係がひとりの女性を彼の座るテーブルに案内して来たのだけれど、こちらはこちらでまた……、


     *


 えーっと?


 先ずは爽やかなミントカラーがぱっと目をひくマキシドレスなんだけど…………これ多分、生地からすると十万円ぐらいするヤツよね?マジかよ?


 で、まあ、もちろんこのままだといつもと同じになりがちなのでウエストにはこれまた何気に高そうなロープベルト。


 髪は真琴くんと同じかそれより長いのを軽めのブラウンに染めていて……って、あー、メンドクサイ!


     *


 えーっと?


 お金持ちのエエとこのお嬢さんで、


 お父さんの会社がそーゆー繊維系の会社で、


 当人もアパレル関係の商社にお勤めで、


 だからと言ってそのことを鼻にかけるでもなく自慢に想うでもなく、


『え?だって普通のことですよね?』


 みたいな感じで服にもお化粧にもビックリするぐらいのお金と手間を掛けちゃうようなひとって時々見掛けるじゃん?


 そうそう。それそれ。


 そんな女性が、


『よっしゃ、今日は気合い入れてくぞ! (気合い入れてるのがバレない程度に)』


 ……と想って準備した服と化粧と立ち居振る舞いで真琴くんの座るテーブルに案内されて来たと想って下さい。


 そうそうそうそう。前回“ストィスバレーにもヒドラドシルフシ”って漱吾くんが驚いたアレが遠く霧の彼方に霞む感じ。


     *


「わ、なんだか今日は見違えたね」と、楡尚紀 (28)は言い、


「別に?前と変わらないわよ」と、内心ドヤ顔まみれの“ストィスバレーにもヒドラドシルフシ”こと樫山詢子 (27)は言った。「あなたが気付かなかっただけ」


 ということで。


 こちらはこちらで場面変わって、前述の“ちょっとお高めのイタリア料理店”からほど遠くない“かーなりリーズナブルなスペインバル”である。


「なんで、いまさらあのンヘヒョロ野郎と食事なんか」


 と、三尾漱吾 (31)も言っていたとおり、突然捨てた嫁を突然食事に誘った尚紀くんの心もさることながら、その誘いに応じるどころかやたらとお洒落して出て来た詢子さんの心と云うのは…………うん。女心もゲイ心も、それどころか普通の人の心もよく分からないこの作者にはまったくもってよく分からない。


 ――だってアナタ、詢子さん。アナタこの人との別れ話が出たとき“テーブルに置かれた彼の右手を手元のマグカップで叩き潰してしま”ったりはしていないけど、一瞬やり掛けたんだよ? (注1)


 すると、この作者からの質問に対し、


「それはそれ、これはこれなんですよ」と、詢子が応えようとし、


「うん?なにか言った?」と、この双方向システムを知らない普通の登場人物であるところの尚紀が彼女に訊いた。


 なので詢子は、この作者をさっさと風景の外に蹴っ飛ばしてどけると、


「あ、いや、なんでもないなんでもない。――ってか、なに食べる?」と、メニューを開きながら言った。


「あー、出来れば食前にシェリー酒かビールでも飲みたいんだけど」と尚紀。「――やっぱ下戸のままなんだよね?」


「あ、でも、ちょっとぐらい、舐めるぐらいなら平気よ?」


「ほんと?いつだったかお兄さ――泰仁さんと一緒にブランデーケーキで真っ赤になってたことなかった?」


「あれは兄さんはベロベロだったけど私はなんともなかったわよ?」


「ウソだあ、お兄さんに抱き付いて絡んでたじゃないか?“取材旅行ってのは女がらみかー!!”とかなんとか言って」


「それこそウソよ、私が兄さんに抱き付くなんてことありません」


「ホントだって――ちょっと妬いたんだから、お兄さんに」


「ホントに?あなたが?兄さんに?」


 で。


 と、まあ、こんな感じで元夫婦の会話は続いて行くのだが…………なんだか楽しそう?なの?



(続く)


(注1)

 第一話“その1”を確認のこと。

 その後の詢子さんのエキセントリックぶりを想えば、やっててもおかしくなかったよなあ……と、この作者は想ったけれど、それやってたら違うお話になってたから、うん。ま、やらなくてよかったんだよ、ほんと。

 ……と、この作者は過去の自分を肯定した。


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