第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その8)
「それってつまりお見合いしろってこと?」
と、目のまえに座る女傑二名――実の姉二名の顔色を交互にうかがいながら山岸真琴 (28)は訊いた。
すると、この女性と見紛うばかりに線の細い弟の顔色に生来のS傾向をのぞかせたのは安堂茄子 (34)であった。
「そない“お見合い”なんて仰々しい」
と、一見ひと当たりのよい声と笑顔で彼女は言う。
「あたしの、京都時代の友だちの知り合いの旦那さんの勤めている会社の取引先の社長の娘さんが、なんやネットかウェットかなんやかんやのナンカカンカでアンタの写真か動画かデフォルメキャラか見たらしゅうてな、
『あー、なんかこのひとちょっとエエわあ』
て、そのとき横におったお父さん――要はあたしの京都時代の友だちの知り合いの旦那さんの勤めている会社の取引先の社長さんやな?――に向こうて言うたら、
『うん?おお、その人なら、ワシの会社の取引先の総務の何某君の奥さんの知り合いのお友だちの弟さんらしいで――ちょっと食事でも段取りしようか?』
と、まあ、そんな感じにあたしのところに話が転がり込んで来ただけの話で、なんやそんな“お見合いにしよう”やなんて、この茄子姉ちゃん、想いも付きませんでしたわ」
――ごめん。そういう話ってホントにあるものなの?
「え?じゃあ京都の方なの?」と、真琴。
「ああ、社長さんの会社は京都でな、それも結構大きな――」――ええ、はい、まあまあ、あたしみたいにいろんなところにアンテナ張ってるとたまに引っ掛かります。
「え?なに?じゃあその“お見合い”っていうか“お食事会”?も京都?」
「ああ、ちゃうちゃう。アンタに会いたい言う娘さんのほうはずっと東京におって――」
「でもさっき、“その時横におったお父さん”って言ったよね?」
――あー、茄子さん、詰めが甘かったですね。
「あー?あたしそないなこと言いました?」――チッ、なかなかやるようになったやないの。
「うん。結構ハッキリ言ったよ」――“今に至りて學識英博、復た呉下の阿蒙に非ず”ですよ。
*
と、云うことで。
ここは某国某都某練馬区にあるホテル『テンポ・ルバート石神井台』の某待合ラウンジ (注1)
「久しぶりに姉弟三人水入らずで飲みましょうよ」 (注2)
との“フフォン・ラ・カスティリオーヌ (年齢非公開)”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)の呼びかけで集まった山岸家姉弟三名が飲みに繰り出す前のおしゃべりの真っ最中なのであるが――いきなりだけど、結構ヘビーな内容ですね?
*
「あのさナッちゃん」
と、ここで、言葉尻の取り合いを始めた弟妹たちを苦々しく想いながら鷹子・カスティリオーヌが口をはさむ。
「そんなまわりくどい言い方しなくても良いんだって」
「そうは言うてもな、鷹子ちゃん」
そう茄子は言い返そうとしたが、その言葉を左の手のひらで軽く制しながら鷹子。
「いいからいいから、正直に言ったほうが話は早いって」
と、今度は弟のほうに向きなおりながら続ける。
「ま、あんたの言うとおりさ、“お食事会”って形にはなるけど、要は“お見合い”よ」
すると、この姉の言葉に真琴は、
「だったら遠慮するよ」
と、即座に返したが、
「だから、もうちょっと聞きなさいって」
と、今度は右の手のひらで弟をやさしく制しながらの鷹子。――いいお姉さんだね。
「あのね、別に“お見合いしたから結婚しないといけない”ってワケでもないのよ?」
「それは……理屈だけどさ――」
「あのね、アンタがあきらさん――て言うか、そのお腹の中にいる赤ちゃんのことで色々混乱してるのは分かるわよ?
だけどさ、だからと言って、あきらさんには百合子さんって人がちゃんともういるワケじゃない?
それにこっちの娘さんだって興味本位でアンタの女装を“ちょっとエエわあ”って言ったワケじゃなくて、アパレル?だっけ?そっち系の商社にお勤めで、お父さんのほうも繊維関係のお仕事だから、そういうのも込みで、アンタのセンスを買って、“お見合い候補のひとり”に上げたってワケらしいのよ」
「……アパレル関係?」
「そうそう。だからさ、これも何かの縁だと想って、会うだけ会って、ダメならダメで良いし、うまく行ったらうまく行った時よ。――それともなに?アンタあきらさん以外にお付き合いしている人とか気になってる人とかいたりするの?」
「それは――」
と、ここで真琴は、いっしゅん言葉を詰まらせたが、それでもやはり正直に、
「いまは特に……」
と、答えることになった。
(続く)
(注1)
第四話“その9”を確認のこと。
樫山先生も一度来てましたね。
(注2)
“姉弟三人水入らず”とわざわざ鷹子さんが言ったのは、彼女の姉・富士子さんのことを鷹子さんがキラ――苦手だからである。




