第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その7)
カチャ。
と、玄関の開く音がして、樫山詢子 (27)が部屋へと戻って来た。
元旦那――“実は男が好きだった”という真実に気付き突然家を飛び出して行った元旦那――と何がしかの話をして来た彼女なのであるからして、スーパーなんとかイヤ人の如く怒髪が天を衝いていたり、烈火の如く柳眉を逆立てていたり、堪忍袋の緒がブチブチブチブチブチブチッと数十本ほど切れていても良さそうなものなのだが…………なんか妙におとなしいですね?
*
「それで?」
と、先ず口火を切ったのは、彼女に席を譲った――“ポーカー?なにそれ?美味しいの?”な――佐倉伊純 (29)であるのだが、その“妙におとなしい”詢子の態度のせいだろうか、彼女にしては珍しく、どうもそれ以上のセリフが想い付かない。
だもんだから――、
「“それで?”って?」
と、逆に詢子に質問される形となり、しかもそれに対して、
「““それで?”って?”って、あんた――」
と云う循環参照的ループを伊純は起こしそうになった。
だもんだから――
「だから、あの (*検閲ガ入リマシタ)野郎は何しに来たんだよ?」
と、三尾漱吾 (31)が――彼にしては珍しい憮然とした声と態度で――伊純の代わりになって答えた。
「アイツはアイツで新しい相手見付けてイチャコラやってんだろ?詢子ちゃんに話に来ることなんかなんにもねーハズだし、そんな筋合いだってねーハズじゃねえかよ」
すると、この“腐っても江戸っ子男子”な漱吾のセリフに一座は一瞬固まりかけたのだが、『そう言えばコイツ、時々こーなるんだった』と云うことを想い出した樫山が、
「ま、“ (*検閲ガ入リマシタ)野郎”ってのは言い過ぎだとは想うけどな――」
と、漱吾に代わって詢子に――場を和ませるための笑いとともに――質問を試みることにした。
「にしても、尚紀くんも突然は突然だよな。――彼、いったいどうしたって?」
すると、この質問に対して詢子は、“こんな時、ちょっとマジでどんな顔をすれば良いか分からないの……”的表情をしたかと想うと、そこになにやら乙女マンガチックと云うかハーレ●クイン的と云うかア※ネ新書チックと云うか、こう、なんとも言い難いエッセンスを散りばめながら、
「それがね、あの人――」
と、首を60度ほど傾げながら応えた。
「なんか、向こうの彼と別れたらしいのよ」
*
『あー、うん。赤ちゃんの性別でしょ?百合子さんから聞いたわよ』
と、電話の向こう側で答えたのは、“フフォン・ラ・カスティリオーヌ (年齢非公開)”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)である。
パリから来た彼女は現在、何故か未だパリには戻らず、某国某都某練馬区にあるホテル『テンポ・ルバート石神井台』にて絶賛滞日中であるのだが――、
「まさか生まれるまでいるつもりじゃないよね?」
と、電話のこちら側で訊いたのは、彼女の弟であり、話題の赤ちゃんの生物学的父親でもある山岸真琴 (28)である。
こちらはこちらで、赤ちゃんの性別を教えようとする元恋人とその妻からほうほうのていにて逃げ出して来たばかり。
『まさか違うわよ、仕事絡みで用事が出来ただけだもん』
「樫山先輩にも教えたんだって?」
『ああ、だけど、“ふたりだけの秘密よ♡”って口止めはしといたわよ』
「そんな口止め効くはずないだろ?」
『なによアンタ、自分の子なのに知りたくないの?』
「そりゃ知りたくないことはないけどさ――」
『なによ?』
「なんか……まだ早いんじゃないかな?って――」
『ハア?』
と、ここで、この弟の姉であるところのこの姉は、このいつまで経っても弟であるところのこの弟に対して、心底呆れた&言葉を失くしたことを示すための、なっがーいため息をひとつ吐いて見せると、
『あのね真琴。――それは“アンタにとって”早いってだけの話よ』
と言った。
*
「ああ?バッカじゃねえのか?」
と、先ずは漱吾が口からピスタチオの欠けらを飛ばしながら――汚いなあ――叫び、
「さすがにそれは、私もどうかと想いますね――」
と、次に手元の週刊誌でピスタチオの欠片を防ぎながらのグリコが続け、
「本気で行くつもりかい?」
と、大判のタオルハンカチで顔に付いたピスタチオの欠けらを拭いながら樫山が訊いた。――汚いなあ。
すると、そんな兄の質問にピスタチオまみれの詢子は――汚いなあ――彼から別のタオルハンカチを受け取りながら、
「そんな心配しなくても大丈夫よ」
と、いつもの彼女の調子で応えた。
「さっきは突然過ぎたし立ち話になっちゃったから、もうちょっと落ち着いて近況報告だけでもしようってことよ」
「でも、それで二人で食事なんてさ――」
と、そんな彼女の後ろから言ったのは――ピスタチオ被害のなかった――伊純であるが、
「大丈夫よ、大丈夫」
と、笑いながら詢子は振り返ると、その乙女マンガ的と云うかハーレ●クインチックと云うかリ●レ的好奇心と云うか、こう、その辺の色々なものが入り混じったなんとも言い難い表情でもって、伊純に答えた。
「なんだかんだでアッチは男のひとが好きなのよ?――“松ぼっくりに火”なんてことにはならないわよ」 (注1)
(続く)
(注1)
いちいち書くのもどうかとは想ったのだが、念のため。
もし、ここに注を入れた作者の意図が分からなかった方は、各自辞書をお引き下さい。




