第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その5)
さて。
と、いうことで。
この回の“その1”でも書いた通り、東銀河の歴史は“いまちょっと”ごちゃごちゃ・混沌・困惑・精神錯乱のなかにあり、その理由のひとつは例の『えっ!そんな簡単なことで良かったの?タイムトラベル問題』であり、これは簡単に言うと――、
*
一.起こることは必ず起こり、
二.起きたことも必ず起こる。
三.が、その順逆は時々っていうか、結構頻繁に入れ替ったりするし、“ドコで”起こるかも結構頻繁に行ったり来たりする。
*
……ということなワケだけれども、これを話し出すとまたやたらと長くなるし作者の頭もパーンッてどっか行っちゃうので、各自のご想像に委ねるとして、いま現在の問題は“大きな理由のふたつ目”にある。
そう。
いま問題にすべき大きな問題は――、
*
一.歴史を記録しようとするひと達の頭が“いまちょっと”ごちゃごちゃ・混沌・困惑・精神錯乱の中にあって、
二.且つ、その歴史を記録しようとするひと達――例えば樫山泰仁 (31)――の毎日にも様々な生活上のトラブルや面倒や炊事洗濯などが起きており、
三.正直、正確に歴史を記述しようなんて時間はそうそう取れないんだよ、マジで!
*
……という点である。
*
「それでマンションの出入口で話してたの?あのふたり?」
と、丸テーブルの空いた席に座りながら佐倉伊純 (29)は訊いた。
この席は、先ほどまで、その“あのふたり”の中のひとり、樫山詢子 (27)が座っていた席で、彼女がポーカー用に運んで来たおつまみ (山盛りのピスタチオ)もデンッと置かれたままである。
「さすがに部屋に上がるのも上げるのも気が引けたらしくてですね――」
と、こちらはベランダ越しにふたりの様子でも見えないか?――と窓の下をのぞき込んでいる森永久美子 (25)だが……まあ、無理ですよね?
「だけどまあ、3年――同棲期間も入れると5~6年だっけ?――一緒だった二人だからさ、積もる話もあるってことで外で話しているんだろうけど――」
と、こちらはこちらで“理解のある良い兄貴”を演じようとしている樫山だが……まあ、しかしそれでも、カードを切る手の速度がバカみたいに上がっているので、動揺は隠せないですね、お兄さん。
するとここで、この樫山のセリフに、
「ハッ!」
と、明らかな怒りを込めて反応したのは、彼には珍しく腕組み&沈思黙考の格好でテーブル上のピスタチオを見詰めていた三尾漱吾 (31)であった。
「俺は、そういうのキライだな」と、漱吾。「勝手に出て行ったのはあのバカ野郎の方だろう?――どのツラ下げて詢子ちゃんに会いに来てんだって話だよ、脳みそ沸いてんのかよ?」
そう言うと彼は、目の前のピスタチオをむんずと掴むと、それをそのまま、殻も剥かずに、口に放り込もうとしたのだが、さすがに理性が残っていたのだろう、手前のテーブルに置き直すと、ひとつずつ殻をむいて食べることにした。
「――クソ、めんどくせえな」
すると今度は、そんな彼の様子を一瞥してからグリコが、
「まあでも、先輩も出て行かれたときは結構落ち込んでいましたけど、ここ最近はかなり回復もしていましたし――」
と、席に戻りながら言い、
「そうそう。いまさら“焼け木杭に火”なんてことにはならないだろうし――」
と、カードを切る手をゆるめながら樫山が続け、
「そうだよ。そもそも無理矢理火を点けてたことに気付いたから出て行ったんだろ?」
と、殻をむく手を止めながら漱吾が言った。
「――あの (*検閲ガ入リマシタ)野郎」
*
「あのね、まさか自分がレズビアンだからって子どもまで“女の子じゃなきゃイヤ”って想うわけないじゃない」
と、佐々木百合子 (27)が言い、
「そうよマコト。男の子でも女の子でも愛情持って育てることに変わりはないわ」
と、そんな彼女の彼女というか妻であるところの中谷あきら (25)は続けた。
すると、そんな元恋人と元恋人の現恋人というか妻であるところのふたりの女性の、いつもとはちがう優しく柔和で懇篤な声に、言いしれぬ不安を感じた山岸真琴 (28)は、多分に幼少期のトラウマ――個性豊かな三人の姉たちに付けられた多種多様なトラウマ――のせいというかおかげでもって、半歩下がって半身に構えると、
「ええ、それはもちろんそうですよね?」
と、見事なポーカーフェイスでこれに応えた。
「おふたりなら、その辺ぜんぜん大丈夫なんだろうな――って、ぼくも想いますよ」
――スッゴイ棒読みだね、真琴くん。
「うん。それはもちろんそうよ。――ねえ?あきら?」
「当たり前よ。男とか女とか、そんなのぜんぜん関係ないわ、ユリ」
「そうよね?――でも、だから、別に、実際のところ、例えばいま、“お腹の中の子は●●です”って言われても、なんにも、ぜんぜん、これっぽっちも、ショックじゃないわよね?」
「そうね。どっちかと言えば、早めに分かってうれしいくらい。――“ああ、かわいい●●の赤ちゃんが私のお腹のなかにいるんだわ”ってそう想うだけだもの」
「そうよね?――あのね、だからね、マコトくん?」
――そうら、おいでなすった。
「いやです、百合子さん」
「え?なにが?まだなにも言ってな――」
「赤ちゃんの性別をぼくに教えるつもりでしょ?」
「別にいいじゃないのよ、マコト」
「そうよ、私もあきらも三尾さんだって知ってるのよ?なにもマコトくんだけ――」
――へ?
「ちょ、ちょっと待って下さい。“三尾さん”?」
「そうよ?“三尾漱吾”さん」 (注1)
「なんであのひとが?」
「だって訊かれたから」
「はあ?――ぼくに断りもなしに?」
「だってあなた、三尾さんに“名付け親になってくれ”って頼んだんでしょ?」
「いやいやいやいや、誰がそんなことを?」
「誰がって?そりゃ三尾さんに決まってるでしょ? (注2)――あ、あと椎野先生には鷹子さん経由で話が行ってるはず」
「……“椎野先生”? (注3)」
「あ、そっか。ほら、マコトくんの先輩の――」
「樫山先輩にも伝わってるんですか?!」
「そうね――知らないのは、多分マコトくんぐらいじゃない?」
(続く)
(注1)
第六話“その3”を確認のこと。
なにがどうして漱吾と百合子に繋がりが出来たのかは不明だが、まあ、漱吾くんの昔の彼女の誰かが百合子さん側の関係者にいたんだろうね。――女性陣のネットワークは深くて広いから。
(注2)
第二話“その14”を確認のこと。
もちろん、こんなことを真琴は漱吾に頼んでいない。
(注3)
第六話“その3”及び“その14”を確認のこと。
『蒼穹のアリシア』絡みでの樫山と百合子さんの交流はまだ続いているらしい。
というか、百合子さんと鷹子さんが繋がっていたことにはこの作者も驚いたが――まあ、女性陣のネットワークは深くて広いんだなあ。




