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第七話:コペンハーゲンと小さな青い箱(その3)

「あー、でも、それでも一応」


 と、森永久美子 (25)がその三白眼を自身の右斜め上――マンガの吹き出しが出るあたり――を見詰めながら言った。


「『コペンハーゲン解釈』には従うワケですから、確率計算は出来るってことですよね?」


 すると彼女のこの質問に、例のSFオタク特有のあの薄気味悪い笑顔を浮かべながら樫山泰仁 (31)は応えた。


「そうそう。すっごく面倒な計算にはなるハズなんだけどね」


 と言ったところで、“コペンハーゲンポーカー”の続きである。


     *


 つまり。


 昨日お話した三点を合意事項としたトランプカードを使用してセブンスタッドポーカーをやろうよ、という話なのであるが、これはつまり、ディーラーがカードを繰っている時はもちろん、各プレーヤーに裏向きのままカードが配られた時、プレーヤーがカードチェンジのためカードをテーブルに戻した時、ふとした拍子でカードを伏せてしまった時、等などなど、カード表面を“観測する者”がひとりもいなくなった各種の場面でそのカード表面の数字も絵柄も変化すると云うことを示している。


     *


「でも、そうすると、そのカードを変化させるための計算っていったい誰がやってるんですか?」


     *


 もちろん。


 こんなバカげた計算をリアルタイムで行なうには人間の頭の処理速度は遅過ぎるので――、


 って、あー、そうか。


 西暦2000年代前半だと一般家庭用の普及型量子コンピューターは影も形もないんだったね。


 なのでもちろん。


 このゲームの発祥地は未だ野蛮惑星と呼ばれていた時代の 《地球》なのではあるが、それって泰仁くんたちの時代から見てもさらにずっと未――、


     *


「っていうかゴメン」と、ここで三尾漱吾 (31)が、頭のうえで俄然成長中のクエスチョンマークを払いのけながら話に入って来た。「――グリコはこの話付いてけてんのか?」


「あー、まあ、なんとなくは――」と、こちらに漂って来たクエスチョンマークの欠けらを避けながらグリコ。「一般教養並みの知識でですけど――」


 すると、彼女のこの言葉を受けて、


「まあ、詳しい計算式とかは僕もよく分かってはいないんだけど、それでも――」


 と、樫山泰仁 (31)は続けようとしたのだが、これも漱吾は止めると、


「わりい、樫山。俺はそもそも、その“料理の力学”とか“ニンジャス〇イヤーの方程式”とかってあたりからついて行けてねえ」と言った。「アメコミの変態ヒーローとポーカーがどうつながるってんだよ?」


「あ、いえ、漱吾さん。“料理の力学”ではなくて“量子力学”です」と、グリコ。「あと厳密に言うと“ニンジャスレ〇ヤー”はアメコミではありません」 (注1)


「え?そうなの?――あ、いやでも取り敢えず、なんて言うか、もうちょっと俺にも分かるように話してくれよ」


「“分かるように”って言われましても――」


 そう言いつつグリコが樫山のほうを向いて来たので彼は、ちょっとためらいはしたものの、カードを繰っていた手を止めると、


「えーっとな、漱吾」


 と、そのメガネ面を左斜め上――彼の場合はこちらの方にマンガ的吹き出し雲が出るらしい――に向けながら言った。


「“シュレディンガーのネコ”て聞いたことないか?」


「――は?」


「えーっと?つまり――世の中には、量子っていう物質が存在するんだよ」


「――うん?」


「でも、この量子ってヤツは結構特殊で、そいつがいまどんな状態にあるかってのは不確定的・確率的で、さまざまな事象――可能性が重なり合った状態で存在してるらしいんだな」


「――うん??」


「で、その量子の状態というのは、それを誰かが観測してやることによって事象が収縮して結果が定まることになるワケだけど――これって普通の常識とはなんか違う感じがするだろ?」


「――うん???」


「えーっと?――だから例えば、中学校の物理とかだとさ『最初に条件を決めてやれば、その後の物質の状態や運動はすべて確定される』――っていう風に習うじゃない?」


「――はあ?」


「で、そういうニュートン以来の古典物理学における決定論的考え方に反して、あくまで物事は確率的に予想されるという考え方が出て来たのが大体19世紀末から20世紀初頭に始まった量子論ないし量子力学の――」


     *


「ねえ」


 と、ここで突然、ひさびさ登場の向学館文芸部部長・本田文代 (54)が言ったので、


「はいはい、重々承知しております」


 と、同部編集者の坪井東子 (30)は応えた。


「ここから先の樫山先生のセリフはバサッとキッとカットします」


「うん。よろしく」と、本田。「なんでこの人、もうちょっと簡単に説明出来ないのかしら?」


「まあそこは樫山先生ですから」と、“バサッとキッとカット”しながらの坪井。「ということで、この後はグリコちゃんになんとかしてもらいます。はい」



(続く)


(注1)

『ニンジャスレイヤー』は、ブラッドレーとフィリップ二人のアメリカ人作家による小説作品。

 マンガもあるしアニメにもなったのでついつい“アメコミ”って呼びそうになる人もいるが (筆者とか)、マンガもアニメも製作は日本なので“アメコミ”と言うのはやはり違うのであろう。


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