9話
洗濯物を畳み終え、次はなにをしようかと思ったところで、ギシギシとした足音と共に障子に映る人影。影と足音から簡単に推測できます。このお宅の家主で、麦わら帽子の男性です。
「旅人さん、お疲れさまです。隣の部屋に布団を用意させますので、今晩はそちらで」
「わかりました。ありがとうございます」
「小枝子も喜んでいました。ずっとここにいて欲しいくらいだと」
「それは光栄ですね。とても」
お気持ちだけ受け取って遠回しにお断りしながら、笑顔で答えました。
「お婆様の様子はいかがでしたか? 奥さんから伺いましたけど、なんでも100歳を越えていらっしゃるとか」
「そうですね、とても元気ですよ。100歳越えてるのに一人で勝手に歩き回っちゃうくらいです」
困った笑みを浮かべ、頬をかく男性。
目を離せないという意味では、お子さんと同じというわけですね。そこには一世代どころか一世紀の差があるというのが、なんとも不思議な話です。
少し急ではありますが、気になったわたしはお願いしてみることにしました。
「ちなみに、お婆様に会わせてもらうことはできませんか? 奥さんからとても物知りだと聞きました。もし知っていたら聞いてみたいことがあるのです」
「…………」
わたしのお願いに、男性は沈黙してしまいます。どうするべきか考えているようです。
いきなりなお願いですから、これは通らなくても致し方ありません。ダメで元々なお願いです。
あまり期待はせずに男性の返事を待ちました。
「わかりました、いいでしょう。ただし条件があります」
「……条件ですか。なんでしょう?」
話を聞くだけなのに条件を出されるということは、なにか後ろめたくてやましい事情でもあるのでしょうか。家庭の事情に足を突っ込む気はさらさらありませんので特に問題はないと判断しました。
「話を合わせてほしいのです」
「話を? どういうことでしょう?」
男性の言っている意味はもちろんわかるのですが、それをわたしに要求する理由がわかりませんでした。
「ご存じの通り祖母はとても高齢です。いわゆるボケがかなり進行してまして……」
「それで話を合わせてほしいというわけですか。なるほど」
わたしは納得の頷きと共に了承しました。
確かに人間は歳を重ねるごとに脳の機能が低下していき、物忘れや勘違いなど、脳の障害が徐々に現れていくと言われています。100歳を超えているのであれば、わたしの想像よりも酷く症状が現れていることでしょう。
「善処しましょう。約束します」
わたしが真剣な表情で頷くと、男性は紳士的に導くように手を差し向けながら、案内してくれました。
「──婆ちゃん?! どこだ婆ちゃん?!」
──もぬけの殻となっていた部屋へと。