19話
すでに村の人が近くの川からバケツリレーをして消化活動に励んでいますが、火が収まる様子は一向にありません。それどころか火の手は激しさを増すばかり。このままでは延焼して被害が拡大してしまう可能性もあります。
「中にまだ人はいますか?!」
わたしは急いで駆け寄り、バケツリレーをしている人に聞くと頷きが返ってきます。
「ああ、みんなまだ中にいるはずだ! 旅人さんも手伝ってくれ!」
「いえ、みなさんはそのまま消化活動を続けてください! わたしは救助に向かいます!」
「えっ!? 無茶だ死ぬぞ!」
引き止める声を無視し、わたしは集中力を高めます。
周囲の魔力を感じ取り操作して、自らを包み込むように領域を生成。これなら火の中に飛び込んでも大丈夫です。魔力の壁がわたしを守ってくれる。
「いま行きます! どうかご無事で!」
轟々と燃え盛る猛火の中、わたしは単身乗り込みます。柱は燃え落ち、今すぐこの家自体が崩れ落ちてもおかしくありません。
そうなってしまう前に、助け出せる命は助け出さなくては。
お婆様が言っていた通り、運命に抗うのです。魔法の呪いになんて屈してはいけません。
「どこにいますか?! いたら返事をしてください!」
あまり出さない大声を上げて周囲に呼びかけますが、返事はありません。
木造建築ゆえに、どんどん火の手は広がっていきます。
「────ぉ」
「ッ?! どこですか?!」
ほんの僅かに、息のような声が耳を掠めました。目を凝らして──耳を澄ませて──そして見つけました。
炎に包まれ、必死にこちらへ手を伸ばす小さな手が。この手は長女です。影絵などでたくさん見た幼くて小さな手。
「ぉねぇ──tぁ……あづ……ぃよぉ……!」
「いま助けます!」
白い旅装束を脱ぎ、体を包む炎をはたいて消そうとして、近づいてから気づきました。
柱が倒れ、下半身が押し潰されていることに。
──これは、助けられるのでしょうか? 助けたところで、助かるのでしょうか?
わたしは首を振ります。
「だず……げ……!!!」
「助けるんです! なにがなんでも!」
わたしにならばそれができる。自信を失うな。ドヤ顔を忘れるな。結果を恐れるな。
正直になれ。貪欲になれ。腕を伸ばして掴み取れ。
全ては動いた先にある。動かなければ、掴み取れない。
魔力を操作し、領域を押し潰している柱に重ね、握り拳を作りました。
掴み取るように。長女の命を取りこぼさないように。
わたしの圧縮魔法が発動し、領域に包まれていた柱がけたたましい音を立てて無理やりに小さくなりました。
「────」
そして、それにより唯一だった支えが消滅し、一気に家が倒壊したのでした。




