15話
それから約束の三日間、わたしは男性の妹さんとして、お婆様にとってはひ孫さんとして、話し相手を務めました。それ以外の時間も、家事のお手伝いをしたり、畑仕事のお手伝いなんかもしました。
そのうち勘違いしなくなるかも、なんて思いもありましたが、ものの見事に勘違いし続けたまま、お婆様は本当に眠るように息を引き取りました。
そう──息を引き取りました。
わたしの目の前で。
ゆっくりと目を閉じて。
だんだんと呼吸が小さくなり。
やがて鼓動は止まり、長い生涯は静かに終わりを迎えました。
お婆様はとても幸せそうな表情を浮かべたまま、天へと召されたのです。それはちょうど正午のことでした。きっとお天道様への道を辿っていることでしょう。
どうか安らかに、お眠りくださいませ、お婆様。お疲れ様でございました。
「────」
手を合わせ、わたしにできる最大限の敬意と誠意を込めて黙祷を捧げました。
どれほどそうしていたのかわたしにもわかりません。わたしとしたことが、それほどにお婆様のことを知らず知らずのうちに気に入ってしまっていたようです。
叩けば鳴るように、聞けば答えてくれる。その応酬が楽しかったのです。
誰かとここまで濃い時間を過ごしたことは久しくありませんでした。世界は惜しい人を亡くした。
──わたしがもっと早く生まれていれば。お婆様がもっと遅く生まれていれば、と。
そう思わずにはいられないほどに、時間という無慈悲な壁は圧倒的なまでに目の前に立ち塞がって引き裂いていきました。
そしてそれは、もちろんわたしだけではありません。
「おばあちゃん……?」
そのときでした。女性の声が後ろから聞こえてきたのです。奥さんではありません。もちろん子どもたちでもありません。
ということは、この人が例の妹さんでしょう。名前は忘れました。わたしとそう変わらない歳に見えます。
しかし、どこかで見たことがあるような顔ですね……。
「おばあちゃん!!」
妹さんはわたしの存在など視界に入っていないのか、そっちのけでお婆様に駆け寄ります。必死に声をかけていますが、もちろんお婆様からの返事はありません。
呼べば必ず返事をしてくれていたであろうお婆様はつい先程、息を引き取りました。その現実を妹さんはなかなか受け入れることができず、大粒の涙を滝のように流すばかり。側から見ればただ眠っているようにしか見えないはずなのに。
妹さんには一目でわかってしまったのでしょう。
──もう目の前にお婆様はいないということを。あるのはただの亡骸なのだと。
少しでも悲しみが薄れるように、すすり泣く妹さんの肩に優しく手を置きました。
「ご冥福をお祈り申し上げます。お婆様はつい先程、息を引き取られました」
「あ、あなたは……あのときのお客さん?」
そこでようやくわたしの存在に気づき、目と目が合いました。
「ご存知なのですか? わたしのこと」
「ご存知というか……パン屋に来てましたよね? 特徴的だったので覚えています」
パン屋……ああ、もしかしてイエローの件で迷惑をかけてしまった店員さん? どおりで見覚えがあるような気がしたんですよね。
「お婆様はずっと、あなたとの思い出話ばかりでしたよ。仲がよろしかったのですね」
編み物をしたり、お菓子を作ったり、星を眺めたり、お勉強をしたり、時には喧嘩もしたとか。わたしの知らないことに話を合わせるのは大変でしたが、仲の良さが垣間見れたのです。
とてもとても、素敵でかけがえのない時間を過ごされていたのだと。
「……ええ、大好きでした。おばあちゃんと過ごした時間は、何物にも変え難い宝物です」
涙を流す妹さんに真っ白なハンカチを渡すと「ありがとうございます」と言って大粒の涙を拭い、悲しみと共に吸い取ってくれました。
「ごめんなさい、汚してしまって。洗って返しますね」
「いいえ、汚れてなんていません。涙はいつでも綺麗なものです。お婆様を亡くした悲しみの涙を『汚い』なんて誰にも言わせません。絶対」
絶対に。
──そしてこれが、悲劇の始まりでもありました。




