11話
卒倒してしまったお婆様ですが、すぐに我に返って今は布団で横になっています。
慌てて男性が支えてくれたので怪我はありませんでした。
「ったく、いるならいるって最初から言いな。一瞬死んだよ」
死んだんですか。一瞬。
「申し訳ありません。声をかけづらくて」
夫婦喧嘩は犬も食わないとは言いますが、夫婦じゃなかろうが犬じゃなかろうが、言い争いの最中は謎のバリアに包まれていて近寄り難いのですよ。
それでも声をかけられちゃうのがわたしですが。どや。
「あんまり目くじら立てないでくれよ婆ちゃん。この人は旅の人で、家のことを手伝ってくれたんだ」
「旅の人ぉ? なに言ってんだいあんた」
「いや、なにって──」
男性が困惑する表情を浮かべる中で、お婆様はわたしを見る目が一気に優しいものへと変わりました。
「家のこと手伝うだなんて、立派になったもんじゃないか──小夜」
サヨ?
突然出てきた別人の名前に首を傾げます。
「いえ、わたしはサヨではなく──」
そこまで言いかけて、男性が手で〝それ以上言うな〟と制してきました。
そしてわたしに耳打ちするのです。
(小夜は俺の妹です。都会に出て行ったんですが、大層可愛がっていました)
(なるほど。把握しました)
男性から事前に言われていましたね。話を合わせて欲しいと。それがお婆様と話をする条件だと。
(ちなみに似ているのですか? わたしとその人は)
(いえ全く)
即答する男性。
全然似ていないのに他人を家族と勘違いしているというわけですか。人は老化するとここまで脳の機能が落ちてしまうものなのですね。人間、老いには勝てません。このわたしでさえも。
「なにコソコソしてんだい?」
「いえ、なにも。ただいま戻りました」
お婆様に怪しまれてしまいました。慌てて笑顔で話を合わせて誤魔化します。
いくらご家族とはいえ、目の前で内緒話をされて気分の良いものではないでしょう。今後は気をつけなければなりませんね。
「あんた、そんな喋りかただったっけかね?」
「成長したんですよ。都会で」
首を傾げるお婆様に怪しまれないよう、しれっとした態度で答えます。
お婆様は「そうかい」と言うだけで特に深く探りを入れてくるようなことはありませんでした。
「で、小夜が話したいそうなんだけど、いま大丈夫?」
「年寄り扱いするなと言っとる! 問題ない!」
頑固なお婆様ですが、男性もなかなかに頑固ですね。これだけ拒絶されてもお婆様のことを変わらず心配し続けているのですから。
「で? 話とはなんだ?」
「では、単刀直入に」
わたしは姿勢を正して、なんでも知っているらしいお婆様に質問しました。
「──魔法の呪い、あるいは魔法そのものを消す方法をご存じではありませんか?」
これが、わたしが世界中を旅して回っている理由の一つ。
そしてお婆様は目を瞑って熟考してから、カッ! と目を見開きました。
「知らん!!」
大音量で一刀両断されてしまいました。
……ここでもダメでしたか。まだまだわたしの旅路に終わりは無さそうですね。とほほ。




