10話
男性に案内された部屋には、肝心のお婆様は見当たりませんでした。そのことに気づいた男性が、大いに慌てて頭を抱えています。
「婆ちゃん?! 婆ちゃんどこ行ったんだよ?!」
大声を上げてキョロキョロと部屋の中を見回しています。紳士的な態度も剥がれ落ちて、男性の言葉遣いは子どもの頃に戻ったかのよう。
男性が部屋の中をひっくり返すようにお婆様の所在を探し求めている様子を傍らでじっと眺めているわたし。
どうしてわたしはこんなにも落ち着いていられるのかと言うと──
「なんだい騒がしいねぇ! ここにいるよ!」
──この部屋にいないだけで、別の部屋に行っていたようでした。ただタイミングが悪かっただけのようです。
お婆様は探し回る男性をいたずらな笑みを浮かべて眺めていたのです。わたしと同じように。
なんともお茶目なお婆様でした。
男性は安心し切ったような表情を浮かべて胸を撫で下ろしています。
「婆ちゃん! よかった、死んだかと思った……」
「ふん、勝手に殺すんじゃないよ! いつ死ぬかはワシが決めるんじゃ!」
ったく……と、金切り声を上げているお婆様でしたが、その目元は優しく細まっていました。俯いていたので男性にはよく見えなかったかもしれません。
なんだかんだ言いながら、こうして心配してくれる人がいるのは嬉しいということでしょうか。
その密かに優し気な横顔に、わたしは顎を引くように会釈しました。
「初めましてお婆様。わたしは──」
「だいたいあんたはお節介焼き過ぎるんだよ! こんなにピンピンしてるんだ、簡単に死にゃしないよ!」
「急にコロッと逝くかもしれないだろ! もうそういう歳なんだよ婆ちゃんは!」
「いーやわかんないよ! 活舌だってハッキリしてるし、こうして歩ける! そんじょそこらの年寄りとワシを比べるんじゃないよ!」
「あの~……」
やいのやいの盛り上がって、わたしの声がお二人に届いていないようです。眼中にありませんでした。
話の腰を折るのは気が引けますが、これは話というよりは単なる言い争いなので仲裁するついでに、わたしの存在にも気がついてもらいましょう。
「すみません。旅の者ですが」
言いながらちょんちょんとお婆様の肩を突きました。
「ぎゃぁ!!!! おばけ!!!」
「いえ、ではなくて旅の者で──」
「ばあちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
驚かせるつもりは毛頭なかったのですが、声をかけたら卒倒してしまいました。
……わたしってそんなに存在感ないのでしょうか? ちょっとショック。




