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もう一つの『ざまぁ劇場』~男の悔恨~

現代です。

クレリットの前世が絡みますが、

『君クレ』の世界と何の関わりもないので、読まなくても全然大丈夫ですw


あとヤクザな世界と、女性の性的職業の表現があります。

苦手な方はバックプリーズでお願います。

「親父」

「どうだ?」

「暫く泣いてたようですが、ちゃんと駅に向かいました」

「そう、か」


 右近は最後の一口を燻らすと、灰皿で煙草を揉み消した。


「よし、じゃぁ、戻るか」

「車、回してきます」

「おぅ」


 若衆が先行して座敷を出ると、右近は女将の見送りを断り玄関へと向かう。

 外に出るタイミングで黒塗りのベンツが横付けされ、若衆が後部座席のドアを開ける。

 右近が車に乗り込むと、運転席にいる舎弟が声をかけてきた。


「お疲れ様です、組長」

「おぅ」

「組の方に、車を回していいんですよね」

「何だ、随分と嬉しそうだなオマエ」


 僅かに声が弾んでいる舎弟に対し、助手席に乗り込んできた若衆がその答えを出す。


「コイツ、若頭に拾われたんで、メッチャ尊敬してるんですよ。 だけど最近、組に組長不在で若頭が元気ないから」

「……それはアイツの自業自得だ」

「組長」

「まぁいい、俺はしばらく眠るから、とっとと車を出せ」

「了解です」


 右近は腕を組むと両眼を閉じ、座席に深く腰掛けた。

 その様子を確認した若衆は静かに座席の間を区切っている、間仕切りの車用カーテンを閉める。

 静かに走り出すエンジン音を聞きながら、右近はこの半年の出来事を思い返していた。




 半年前の朝の事、それは男の叫び声で始まった。


「わぁぁぁぁぁ! すみません、すみません、純羽さん、俺はっ!!」


 事務所のテレビの前で頭を抱えて謝り続ける男は、この組のナンバー2で俺の右腕でもある若頭の雅だった。

 そのテレビは朝のニュース番組で一人の女性の水難事故の事を語っていた。

 川の上流で大雨が降り、キャンプに来ていた少年が増水した川に流され、その少年を助けようと川に飛び込んだ女性。

 少年は無事に川岸に引き上げられたものの、代わりに女性が流され下流で発見されたが死亡が確認されたというもの。

 女性の名前は鈴木乙羽、だがその顔写真は三十六年間、一時も忘れられなかった女の顔だった。


「……いと、は……」



 俺と純羽(いとは)は俗にいう、客と店の女の関係が始まりだ。

 組の中で頭角を現してきた若造の俺に、群がる夜の女は多かった。

 その中でそんな意味ではなく俺に興味を持ったのが二十歳になったばかりのノアで、水商売歴二年程度のヒヨッコだ。


「右近さん? 私の一つ前の人だ」

「何だそりゃ?」

「私の家ではね、何でか『いろは歌』順に名前を付けるの」

「いろはにほへと~ってやつか? えーっと「の」の前は「い」じゃね-か」

「ノアは源氏名、本名は純羽(いとは)、ママは浮羽(うきは)

「あ゛ー『ういのおくやま』か」

「そっ、次に何かに名前を付けるなら『お』から始まるの」

「じゃぁ、お前が娘が産んだら乙羽(おとは)かよ」


 それはほんの些細な冗談だった、でもアイツはニパッと笑って。


「乙羽! うん、いいね乙羽!! 可愛いよ乙羽!!! 右近さん、名前つけるの上手だね」


 恋は落ちるもの、まさかそんなバカげた事を実体験するとは夢にも思わなかった。

 店だけの関係とはいえ、他の男の相手をするとは許せなかったが、恋人とか結婚だとかは頭に浮かびさえしなかった。

 ただヤクザの女として、速攻で囲った。

 本当はセキュリティの確りしたマンションに住まわせたかったのだが、今は亡き母親との思い出のあるボロアパートから出る気はないと言われてしまえばどうしようもなく、それは折れた。


 二年、通った。

 色々な用事があって戻れない時以外、自分の部屋に帰るよりもそのボロアパートに通った。

 純羽は贅沢を好むわけでもなく、派手に遊ぶわけでもなく、ただ俺を待っていつもの笑顔で「お帰り」と言ってくれた。


 そんな中、組長の次男が(チャカ)で撃たれたのを庇って、俺が重傷を負う。

 命に別状はなかったが撃たれた場所が悪く、暫くは寝たきりの絶対安静だと言いつけられた。

 病室で色々考えた俺は、舎弟だった雅に現金五百万と純羽に言伝を頼んだ。

『暫く戻れねぇ、これをやるから好きにしろ』と。

 今回の事で、いつか純羽に迷惑がかかると思い知ったのだ。

 一般的な常識から見て、ヤクザな俺の態度は普通の女の純羽には不誠実なものだろうから、これで俺が見限られても仕方ないと思う。

 でもこの二年間、俺は楽しかったし嬉しかったし幸せだった……もし純羽がまだ俺を待っていてくれたなら、その時は。


 半年後、ようやく退院した俺が純羽のボロアパートに行ってみたら、そこは跡形もなく更地になっていた。

 どうやら半年前にはそこは再開発の区画に入っていて、取り壊しは決まっていたことだったらしい。

 俺は何も聞かされていなかったのか。

 軽く純羽を探してみたが見つからず、深追いは諦めた。

 きっと、俺から逃げたのだと思ったから。


 

 なのに今、目の前のテーブルに帯封がついたままの旧札となった五百万が並べられていて、畳の上で雅が震えながら土下座をしている。


「……どういう事だ? 話せ、雅」

「あの時、言われたように純羽さんのアパートの行きやした。 で、五百万を渡して言ったんです『これで、兄貴と別れてくれ』って」


 何となく、当時もそんな気がしないでもなかったのだ。

 俺が堅気の女を囲っているのをよく思っていない風潮があった。

 だがそれなら、ここに五百万が残っているのはおかしい。


「で?」

「……一週間ぐらいして、兄貴宛に荷物が届きました。 純羽さんが送り主だったんで封を開けてみたら五百万だけが入っていて、別れる気がないのかと思ってアパートに行ったら取り壊しが始まっていて、純羽さんは何処にもいなくて、何処に行ったのかも分からなくて」

「言ったのは『別れてくれ』だけか?」

「……」

「雅」

「……『兄貴には、許嫁がいる、から』と」


 何度も上がっては立ち消えになっていた、組長の長女との婚約話。

 長男派や長女派の老害達が跡目争いに担ぎ出したかったのだろうが、組長の次男を庇ったことでそっちの派閥とみられ、婚約話は完全に消えたはずだった。


 そう、純羽は逃げたのではなく身を引いたのだ、俺の事を思って。


 雅にしてみれば、長女と結婚して一次団体の組長として君臨してほしかったのだろう。

 が、実際は組長死後に跡目抗争が勃発して、長男派と長女派の婿は内部対立から組織分裂に至り、それを収めた次男が組長となった。

 で、俺は二次団体の組長となった訳だが、それ以上の面倒ごとなど正直御免だ。


 俺は五百万を鷲掴むと立ち上がり、未だ土下座したままの雅を見下ろす。


「暫く戻らん、組はお前の好きにしろ」

「っ!」


 背後で雅が息をのんだ気配があったが、俺は振り向くことなく部屋を出て行った。



 子飼いの情報屋に調べさせると『鈴木乙羽』の現状の情報はすぐに手に入った。 

 七十代の舅姑と田舎で三人暮らし、十歳年の離れた夫は都会で単身赴任の筈が愛人と暮らしている。 

 水難事故で助けた子供は国会議員の孫だったらしく、特に事件性もないことから今夜から婚家で通夜と葬式が行われるとの事だった。


 田舎の公民館のような建物で、鈴木乙羽の通夜は行われていた。

 全身黒づくめのスーツにサングラス、喪服とは似て非なる服を着ている男がいるというのに婚家の人間は誰も気にしないらしく、嫁の通夜だと白々しく涙を流しマスコミに対応している。

 しかしそれ以外に違和感を感じてそちらに目を向けてみると、喪服を着た三十代後半の女が木陰から婚家の人間達を凄い目で睨みつけていた。

 憎しみと殺気が混じった視線、視線だけで人が殺せたら、まさにそんな気迫。

 いっぱしのヤクザでも、あんな眼力を持つ人間は今はもう少ないだろう。

 女の手がかすかに持ち上がる、一瞬だがキラリと光るモノが見えた。

 気配を消し、俺は女の背後に回り込む。


「失礼、お嬢さん」

「っ!」


 女が驚いて振り向くと同時に、手に握り込んでいたナイフを取り上げる。

 

「どうやらアンタと俺の目的が同じなようなんだが。 どうだ、少し話さないか」

「貴方……は?」

「俺は右近。 しがないヤクザで、乙羽の生物学的父親だ」

「!」


 田舎には他人同士が顔を突き合わせて、静かに話せるような店なんかない。

 仕方がないから、俺が乗ってきた車──流石にいつも使っている黒塗りのベンツではないが──の中で話すことにした。


「先に言っておく。 ヤクザと堅気は交わったらダメだ、だからアンタの名前は聞かねぇ」

「……はい」

「で、アンタは乙羽の何だ?」

「私は乙羽の……親友、です」

「そうか、なら、まずアンタからの信頼を得るために、俺と純羽……乙羽の母親との馴れ初めを話そうか」


 二十五歳で二十歳の純羽と出会い、すぐに同棲した事。

 二十七歳ですれ違いがあって、純羽に逃げられたと思った事。

 でも実際は、俺の身を案じて純羽が身を引いていた事。

 乙羽の享年から、この時すでに純羽が身籠っていたと思われる事。

 半年後、純羽と住んでいたアパートが取り壊され更地になって、行方をあえて追わなかった事。 


 彼女は静かに聞いていてくれていたが、一言だけ口を開いた。


「どうして乙羽が純羽さんの子供だと? どうして貴方が父親だと?」

「まぁ蛇の道は蛇って言ってな、乙羽の遺髪を手に入れてDNA鑑定をした、99,9%の確率で生物学的父親だとさ。 後、純羽と乙羽が母娘だと分かったのは、そっくりなんだよ二人の顔が……俺の遺伝子なんか一切入ってねーよってぐらいにな」

「……確かに乙羽の母親は、純羽さんと言ってました……私と乙羽は十三歳の時に養護施設で出会ったんです。 純羽さんが亡くなられて、親戚なんかも誰もいなかったから」

「そう、か」


 そして彼女は、乙羽の事を語ってくれた。

 十三歳で養護施設で出会った事。

 同じ中学に通った事。

 頭の良かった乙羽は、推薦で進学校に行った事。

 子供好きだった乙羽は、奨学金を得て短大に通い幼稚園教諭免許状を取得した事。

 二十歳から五年間、幼稚園の先生をやっていた事。


「ここまでが、直接、私が知っていた事です。 私、十八で結婚して子供が三人いて、まさか連絡がつかない間にあんな事になっていたなんて」

「何があった?」

「……これ」


 目の前に差し出されたのは、初期頃タイプの今となっては珍しい型のスマホだ。


「一週間前に私宛に手紙と一緒に送られてきたんです。 その手紙で初めてあの子の結婚も知って、婚家で勿体ないからって契約も切られて、それでも無駄だからって捨てられそうになったって。 大事な思い出が残っているから私に持っててほしいって」

「随分と年季の入ったスマホだな」

「二十五の時、仕事で持たされたみたいです」

「仕事、幼稚園でか?」

「……デリヘルみたいです、しかも裏風俗の」

「何が遭った」


 堅気の女が身を持ち崩す原因なんて、金以外の何物でもない。

 しかも普通の風俗ではなく裏まで堕ちた、並大抵の金額ではなかったのだろう。


「スマホのカレンダーに一言日記が書いてあって、それを遡って読んでみました。 どうもあの子幼稚園の先生時代に不倫みたいなことになっちゃったらしくて、奥さんから結構高額の慰謝料を請求されて。 それで質の悪い街金から闇金に流れたみたいで」

「で、返済させるために、裏に回されたってわけか」

「借金は五年で返し終えて、その時の客と結婚したみたいだけど」

「婚家は嫁いびりのクソだった、か」


 そう、少し聞き込んだだけで耳に届くほど、その嫁いびりは酷かったらしい。

 舅は寝たきりで世話になっているのに怒鳴り散らし、足が悪いと言い訳する姑は全てを嫁に押し付けて手前勝手に過ごし、単身赴任の夫は年に数回も家に帰ることはなく愛人と都会暮らし。

 最初に溺死したと周囲が聞いた時、とうとう自殺したのかと思ったほどだったらしい。


「あんまり酷いんで、近い内に会いに行って、出来れば連れ戻してこようって思っていたのに……あんなニュースを見て……もう、私、頭が真っ白になってっ!」


 喪服のスカートの上できつく握りしめた手に、ポタポタと涙が落ちる。

 泣く女を慰めるのは苦手だ、純羽はいつも笑ってくれていたから、余計にどうしていいか分からなくなる。

 取り敢えず、胸元に入れてあったハンカチを手渡し、泣き止むまでそのままにしておいた。


「大体あの子、男運が本当に酷くて。 中学の時は賭けの対象でファーストキスを奪われるし、短大の時は初物食いの男にヤリ逃げされるし」

「へぇ……その話、詳しく聞かせてもらおうか」


 俺のやらなければならない事は、まだあったらしい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >なので、本来悪くはないんですよー金利は高いけど。 調べてみたら法外金利だった……りしません?
[気になる点] 乙羽の(元?)旦那は国会議員の秘書かなんかのナントカチルドレンかな。 闇金も流した街金も潰しませう!
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